14 特別捜査課
六道課長は野太い声のわりに、説明は耳に留めておけるほど聞き取りやすい。
「麻薬取締部は所管する地域により、組織形態が異なる。なので東京都の組織だけで話を進めよう。
まず、『捜査企画情報課』は捜査方針に関する計画の立案や、他の違法薬物を摘発する司法機関との協力。捜査自体も行う。
『捜査第一課』及び『捜査第二課』はヘロイン、コカイン、覚醒剤など。主要な違法薬物の捜査がメインだ。加えて以前、脱法ハーブと呼ばれていた危険ドラッグの摘発も、包括的に行う。
支部によっては、捜査課は一つに統一されている。
捜査部門に付属する『鑑定課』は、薬物の成分を分析、研究することに加えDNA鑑定も行う。警察で言うところの鑑識係だな。
新設されたばかりの『密輸対策課』は、不法輸入及び不法輸出並びに国外犯の捜査に関する、言わば水際で食い止める麻薬の防波堤だな。
国外捜査においては国際部門に『国際情報課』が置かれ、海外から密輸される薬物の情報収集と分析、他国の捜査機構と連携を取り捜査協力の窓口になる。この部門だけウチの局にしかない」
彼は胸を張って誇らしげに言葉を継いだ。
「そして我が『特別捜査課』は、厚労省の組織規則、第七百三十一条の二に規定されて設けられ、"麻向法第五十四条第五項"に規定する、犯罪の捜査に関する事務をつかさどる」
「五十四条の五項ですか? 確か……」
「条文にある内容は、"組織的な犯罪その他、特定のモノに限る"。つまりは特捜の使命は、"暴力団や半グレ"などの犯罪集団を監視し摘発。そして、法の規定にない"危険ドラッグ"を根絶することにある」
「ドラッグの……根絶」
現場のプロの意気込みは、気迫から違う。
それを肌で感じる。
課長の解説は、まだ続く。
「規定にある"その他、特定のモノ"とは、君も知っているだろうが、違法薬物『アルカナ』によって引き起こされる、"ゾンビ"も含む。そういう意味では、社会問題なっているゾンビ
六道課長は眉を寄せ、射るような真剣な眼差しで、こちらを見つめて問う。
「して、君が厚労省の試験を受ける際、面接で答えた内容は、『ゾンビに遭遇したことで、ゾンビ化する違法薬物をこの世から無くしたい』と、答えたそうだね?」
自分は迷うことなく返す。
「はい」
「望み通り、ゾンビ薬物摘発の最前線【
鬼神との睨み合いのような威圧感。
こちらも相手の眼力に負けじと、強く見つめ返して答えた。
「もちろんです。その為に肉体、技術、精神を鍛えて来ました。自分の命が
こちらの腹の内をさらけ出したことにより、課長は満足のいく回答が聞けたとがかりに、硬く強張った頬を緩ませ、えくぼを作り微笑した。
「よく言った。しかし、命が潰えるまでと言うがね。麻薬取締員はニ年か三年すれば、職務を真っ当して、その任を解かれる。意気込みは買うが、あまり実りのない言葉では、捜査課の仕事は務まらんから、心しておきなさい」
「し、失礼しました」
やる気が空回りしたのが、自身でも解り萎縮する。
六道課長は軽く手をかざし、部屋の隅、入り口から見て右側の空間を見るよう、促した後に言う。
「それでは早速、あそこが君のデスクになる、トッコウ係だ」
目をやると、課長の机とは真反対の下座に、壁に沿って並ぶ二台の机がある。
片側の机には、立て掛けられた資料や閉じられたラップトップがあるが、隣の机には何も荷物が置かれておらず、まるで引っ越しで運んだばかりの様子を見せていた。
唯一物が置かれた机でさえ、人が作業した形跡は無く、その島全体がまるでショールームのモデルケースとして、設置されたような印象を受ける。
人の気配が感じられないことに不安を抱き、たまらず聞いた。
「あの、トッコウ係の職員の方は他の部署にもいるのでしょうか?」
「トッコウ係の麻薬取締官は一人だ」
聞き間違えかと思えるほど、さらりと答える課長に猜疑の目を向ける。
「一人? たった一人で、ゾンビマターを捜査しているのですか?」
「新たな取締官の募集を差し置いて、他の局から応援を要請した理由が、これで解ったかな? とかく今、ゾンビマターに関わる人員は足りない」
「その唯一在籍する方は、どちらに?」
「現在、違法薬物アルカナの情報収集の為、非公式の捜査を行っている」
「非公式ということは……潜入捜査ですか?」
「君も直に慣れる。係の責任者が不在なので、しばらくは、ここにいる安部係長が君の指導係だ」
何か、はぐらかせれた感は否めないが、六道課長から託された安部・聖愛は、聖母のような微笑みを見せ、蕾の花が咲くように口を開く。
「いきなり捜査現場へ向かわせるのは危険ですから、まずは課内事務から始めて、捜査課に慣れていきましょうね?」
「若輩者ですが、ご指導の程、宜しくお願いします」
自分は深々と頭を下げた――――。
>C20H25N3O
特別捜査課に、実在するのかしないのか、庁舎内の都市伝説とされる「トッコウ係」
不法投棄された粗大ゴミのように、置き去りにされたデスク。
係はあるのに肝心の人がいない。
どんな捜査を担っているのか、知ることもできない。
これが、局内の幽霊係たる由来なのだろう。
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