√東條姫乃 その3

 「お弁当はどうでしたか?」


 「あぁーめっちゃ美味かったよ」


 「それは良かったですー。ユウヤくんが何も言わずに黙々と食べていたので、どうしたのかなって心配したんですよー」


 「それはごめん。でもあまりにも美味しかったからさ」


 「……ありがとうございます」


 東條さんは照れ隠しするように口元を手で押さえた。


 「あ、それよりもここからお墓までってどのくらいの距離があるのでしょうか?」


 「あぁーざっと30分ぐらいだよ」


 「30分ですかー。熱中症にならないように十分注意しないとダメですね」


 「そうだね」


 昼食を取り終わり、俺たちは墓場へと向かおうとする。だが、その前に寄る場所がある。

 そこはお花屋さんだ。俺たち二人はそこで母さんが好きだったひまわりを購入した。

 その際に店員さんから「仲の良いカップルですね!」と勘違いをされてしまった。

 慌てて違いますと脊髄反射で反応を返したところ、東條さんは少しだけ顔色を曇らせてしまった。

 もちろん、俺たちはご主人様とペットの関係なんです、などと特殊な関係を店員さんに教えることはできず、友達止まりであることを告げ、お店をあとにした。


母さんが眠る墓場へ行くために長い坂を登っていく。それにしても気まずい。

何故なら、東條さんが先ほどからずっと俺に拗ねているようで口数が少ないのだ。

 普段はもっと積極的に喋りかけてくる感じの女の子なのに……。


 「どうしたの?」


 「なんでもないです」とプイッと顔を背けられてしまう。

 やっぱり何か怒っているように感じるな。でも何がダメだったのか。

(東條さんはカップルであることを否定されて怒っている)


 やはり先ほど、ご主人様とペットであることを素直に店員さんに伝えるべきだったというわけなのか。

 (しかし主人公は自分たちの主従関係を言わなかったことを彼女が怒っていると思っている)


 「あのさ、さっきは悪かったよ」素直に謝ってみる。


 「さっきとはなんのことでしょうか?」と顔を膨らませ、腕を組んでご立腹の様子。

 やはりさっきの出来事が問題だったらしい。


 「その、友達関係って言ったことがまずかったんだよね。本当にごめん。一緒に同棲してるのに、友達は流石にないよね」


 俺は誠意を込めて頭を下げた。すると、東條さんは一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに顔を真っ赤に染めてゆっくりと口を開いた。


 「そ、その分かればいいんです。分かっていれば!! ……でも今の言葉を聞いて……とっても嬉しかったです。ユウヤくんも私のことをそんなふうに見てくれていたなんて。最近はずっと普通に接してくるので……ちょっと不安だったんです」


 ここで一旦言葉を区切り、無邪気な笑みを彼女は向けてくる。


 「でも、ユウヤくんのさっきの言葉でとっても安心しました。心が満たされましたよ」


 喜んでくれてるのは本当にありがたい話だと思う。でも何か変な地雷を踏んだ気がしてならない。というか、東條さんって主従関係にそんな思いを寄せていたのか。

 俺はどちらかといえば、あまり乗り気ではなかったんだけどな。


 「それは良かったよ。でも東條さんにも、そんな願望があるとは知らなかった」


 「えー心外です!! 私だって、普通にそれぐらいの願望はありますよ!」


 ペットになりたいと思う願望を持っているのは東條さんぐらいだと思うのだが……それはスルーしておこう。


 「それに女の子がそのような願望を持つのは普通だと思いますよ」


 へぇー、ペットになりたい願望を持つ女の子って最近増えてるんだなぁー。


 「それに最近は結構おませな小学生とかもいて、もうそのぐらいの年からその願望を叶えている人もいると思います!!」

 東條さんがやや興奮気味に訴えかけてきた。でも小学生ぐらいの年からペットになりたい願望がある人がいるって、現在の世の中はいつからそんなふうになってしまったのだろうか。


 「それに女性専用雑誌とかでも結構、特集とかが組まれたりしてるんですよ!」


 マジかよ……すでにそんなペットになりたい願望女性のために専用の特集が組まれるようになっているのか。俺が知らないうちにそんな世界になってしまっていたのか……。


 「へぇーどんなふうな特集なの?」


 「『気になるあの人もこれでイチコロ!!』とか『モテる女の最新マストアイテム!?』などでしょうか?」


 意外と結構まともなんだな。もっと酷いものを予期していた自分がバカらしい。

 で、でも待てよ……そのマストアイテムってのは結構危ないものだったり……油断は禁物だ。


 「そのマストアイテムって……どんなものなの?」


 「最近はワンショルダーという服が流行ってるみたいです」

 (ワンショルダーとは、一方の肩を衣服で覆い、また片一方の肩を露出することである。詳しく知りたい方は画像検索することをオススメします)


 ん? ワンショルダーってなに? 犬の鳴き声と肩を指しているのかな?


 もしかして……肩の上に犬を乗せておくことなのか?


 だからご主人様の肩に犬、つまりはペットが顎を乗せるみたいなそんな感じか?


 時々、学校のバカップルとかがそんなことをしてることがあるなー。

 たしかにアレって傍ら見ても結構可愛いと思ってしまうんだよね。

 

 「へぇー結構大胆なファッションが流行ってるんだね」


 「たしかにそうですね。ワンショルダーは結構大胆というか、斬新ですね」


 斬新すぎると思うのだが……。


 「もしかして東條さんも一度はそんなことをしてみたいなーと思ったりするの?」


 「やってみたい気持ちがあります。でも……私、恥ずかしいなぁーって……」


 たしかに恥ずかしいよな。肩の上に顎を乗せるって。多分耳の近くで息を吐かれたら驚きのあまり声を出してしまう自信がある。(自信に全くなってない) 

 で、でも……僕の肩に顎を乗せる東條さんを見てみたい!!

 (何度も言いますが、彼はワンショルダーを完全に勘違いしています)


 「可愛いと思うよ……」


 「えっ?」


 「だから……その……ワンショルダー姿の東條さんは可愛いと思うって……」


 「そうですかそうですか。ユウヤくんは私のワンショルダー姿を見てみたいわけですかー。本当にユウヤくんは仕方のない方ですねー」

 何だかとっても嬉しそうな表情で東條さんがニタニタしてる。いや、これはデレデレと呼ぶのかな?


 「で、でも私。ワンショルダーの服を持っていないんです! だから今度、一緒に買いにいきましょうね。ちなみにユウヤくんには拒否権はありませんよ」


 ニコッとイタズラな笑顔を向けてくる彼女に俺の心は揺れ動く。

 本当に可愛いなー東條さんは。

 「分かったよ。一緒に行こっか」


 まぁ、俺がワンショルダー姿を見たいと言ったのが問題だしね。

 というか、ワンショルダーの服ってなんだ? そんな特殊プレイなのか?

 考えれば考えるほどに暗い溝の中に思考が入っていく。これじゃあ、埒が明かないな。


 「(よしっ!? これでユウヤくんとのデートが決まったよ!! あぁーユウヤくんとデート。ユウヤくんとデート。それにユウヤくんも恋人同士であると思っているようだし)」


 (もう一度言いますが、彼らは完全にすれ違っています。ユウヤは主従関係だと思い込み、東條さんは恋人関係だと)


 その後も俺たちは歩き続けた。東條さんは俺の隣をニコニコ微笑みながらずっと歩いていた。どうやら機嫌が直ったようで良かった良かった。

 やっぱり主従関係を店員さんに言わなかったのが問題だったのだろう。

 多分、今現在進行形で歩いているこの時も、『ご主人様とお散歩中♡』みたいなふうに思っているのだろうか。完全に犬だな、これは……。


 それにしても東條さんはかなりの働き者だ。彼女が持つ荷物(お弁当や水筒などを入れたバック)を持ってあげようかと訊ねたが、渡そうとはしなかった。


 「男性に荷物を持たせるのって悪いなーと思うのでいいです。それに電車の中でかなりエネルギー補給できたので大丈夫です!!」


 あれだけ熟睡できればそれは体力が回復することだろう。


 「それに帰りはまたユウヤくんの肩に頭を乗せて眠る予定なので」


 どうやら俺の肩は予約済みらしい。これは困ったな。


 そんな他愛のない話をしているとすぐに墓場まで辿り着いた。30分ほど掛かると思っていたが、東條さんと喋っていると意外とあっという間に感じてしまう。


 「それにしてもとっても綺麗ですねー」


 彼女の言う通り、見渡す限りの海がそこにはあった。蒼く光り輝く海と真っ青な晴天が重なって水平線を作り出していた。本当に綺麗だと思った。隣を見ると東條さんは感傷的な表情で釘付けだった。


 それから俺たち二人は墓場の清掃を終わらせ、線香に火を付けた。母さんが好きだった胡麻団子を添えてある。あとは参って終わりだ。

 俺は母さんのことを考えながら、手をしっかりと合わせた。そして現在の状況を聞かせてあげる。家族のことや学校のこと。それに俺と今、一緒に同棲してる女の子がいること。


 母さんがこの話を聞いたらどんなふうに思うだろうか。


 もしも母さんが生きていたら俺たち二人をどんなふうに思ってくれるだろうか。


 多分、弱虫で泣き虫だった頃の俺ばかりを見ていた母さんは心配するだろうな。


 でも……母さん。大丈夫だよ。もう、俺は強くなったから……。


 目を開けて、合わせていた手を止める。そして、俺は隣を見た。


 すると、そこには大粒の涙を零す東條さんの姿があった。そして彼女は呟くのである。


 「冷夏(レイカ)おばさん……約束守れました……しっかりと恩返しできました……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます