√東條姫乃 その2

 ガタンゴトンと電車は動き続けた。それと共に身体も揺れ動き、必然的に彼女の胸に自分の腕が当たる。柔らかい。

東條さんは時折「ユウヤくん」と甘えたような声で寝言を呟きながら、口元をニタァとにやつかせていた。それに俺を抱き寄せるように眠っていた。

 どうやら俺は抱き枕だと思われてるらしい。それに若干だが、よだれ的なものが垂れている気が……。

 彼女が自分の手で拭っていたので、本当によだれだったのかは不明である。

 それにしても夢の中の俺はどんな目に遭っているのだろうか。非常に気になって仕方がない。変な目に遭っていなければいいのだが。


 彼女が幸せそうに眠る姿を見ているとこちらの方も幸せになってきてしまう。

 と、ここで彼女の寝顔でもスマホに収めておくかとスマホをポケットから取り出した。

 そして、カメラを起動させ、パシャりと記念に一枚撮っておく。画面に映し出される、黒髮少女に俺は息を呑む。本当に可愛いな。


 ***


 「東條さん。そろそろ着くよ」と優しくそっと起こす。だが、完全に眠り姫状態に入ってる彼女は一向に起きる気配を見せない。だから俺は彼女の横腹をくすぐってみた。

 すると、彼女は身体をビクビクと震わせ、目を大きく見開いた。


 「お目覚めはいかがですか?」と宮廷に仕える執事のような喋り方をしてみた。


 だが、彼女は明らかに不機嫌そうな表情を見せてきた。俺だって、そんな起こされ方をされると、本気でキレるだろう。


 「実に不愉快です」と東條さんは顔を背け、反抗の意思を見せてきた。


 「ごめんごめん」と謝るが彼女は許してくれそうにない。


 「そうですね。頭を優しく撫でてください。もししてくれれば、許してあげます」と彼女は懇願してきた。

 本当に彼女は何かあるたびに頭を撫でて欲しいと言ってくる。そんなにも撫でられるのが好きなのだろうか。でも俺だって母親に頭を撫でられるのが好きだったかも。


 「まぁーいいけど」と言うと、彼女は頰を綻ばせ、俺の手を掴んで、彼女の頭の方へ寄せていく。


 「姫乃と私の名前を言いながら、頭を撫でてください」と命令を受け、仕方ないと思いんがら俺は実行に移す。彼女は「ムフフフ」と未来から来たネコさんのような声を上げていた。

 何かを企んでそうで怖い。


 「そろそろやめてもいいかな?」


 「ダメですー。もう少し、頭を撫でてください。それにまだ、姫乃と呼ばれてないです」

 完全にダメ出しを食らい、俺は彼女のために人肌を脱ぐことになった。


 「姫乃。どうかな?」


 恥ずかしい気持ちが強かった。それに彼女のことを『姫乃』と呼んだのは彼女が俺のペットになりたいと宣言した日以来だった気がする。まぁー姫乃と名を呼ばなかったこともあり、俺と東條さんの関係はそれほど周りの奴らに知られているわけではないのだけど。


 「聞き取れませんでした。もう一度、言ってください」


 「えっ?」


 「リピートアフタミー。もう一度、言ってください。ユウヤくん」

 俺を試すかのように、東條さんはニタァと笑みをこぼした。

 恥ずかしいのに、何度も言わせるとは。


 「もう三回目はないから、よく聞いてね」と確認の意を示してから、俺は言葉を紡いだ。


 「姫乃。どうかな?」


 「まだです。まだまだ足りませんー」と興奮気味に喋り、さらなるお代わりを頂戴しようとする始末。


 「それだけの元気があれば、大丈夫そうだな」と一安心。

 とりあえずは機嫌が直って良かった。もしもこんな場所で機嫌を悪くされたら、気まずい空気になってしまうからな。


 「いえいえ、これだけでは全く足りません」と言いながら、東條さんは「えいっ!」と小さな勇気を振り絞ってきた。


 彼女が俺の首元に手を掛け、抱きついてきたのである。

 彼女の大胆不敵な様に驚いてしまった。でもほわぁーと極楽浄土に辿り着いたかのような表情を見せてくるので、離れて欲しいとは言えなかった。

 ただ、俺は彼女に抱きつかれ、受け身のまま時間を過ごした。


 彼女は完全に上の空になって、気づいていないかもしれないが、ここは車内なのだ。

だからもっと人が居るかもしれないという危機感や恥じらいを持って、行動して欲しいものだ。しかし現在俺たちが載っているのがローカル線。それもかなりの田舎ということもあり、客が少なかった。そのおかげかバカップルだと、白けた目で見られる心配はなかったが、やはり大胆すぎる行動にはドキドキしてしまうものだ。


 時折、東條さんはこんな行動を取ってくるので油断ができない。自分からはグイグイくるくせに自分が攻められる側になると、恥ずかしくなって、頰を赤く染めて俯いてしまうのに。まぁ、そんなところが可愛いところなんだけど。


 車内にアナウンスが流れ、もうそろそろで目的地に辿り着くことが分かった。


 ***

 電車から降り、駅員に切符を見せる。こぢんまりとした駅は悪い意味では薄汚れ、錆びついていた。良い意味では風情があるとも言えるだろう。


 「はあー気持ちがいいですー」

 東條さんは両手を空高く上げて、背伸びをしていた。長い間、座っていたために腰が疲れたのだろう。俺も一緒になって、腰を左右に回してポキポキと骨を鳴らした。

 背伸びが終わり、辺りを見渡す東條さん。そしてポロリと呟いた。


 「それにしても海ですねー」


 彼女の言う通り、駅の側にはこの世の終わりまで続きそうな大海原がある。

 それにホームに出た時から、潮の香りがより一層強くなった気がする。


 「まぁーな。母さんは海が好きだったから。海の近くに墓を建てようとなったんだ」


 「そうなんですかー。それならユウヤくんのお母さんも喜んでくれてるでしょうね」


 「それならいいんだけどな」と俺は皮肉気味に答えた。


 「あのーユウヤくん。私、お昼を作ってきたので、そろそろ食べませんか? 実は私、もうお腹がペコペコですー」

 東條さんは今にも倒れそうになるみたいな芝居掛かった演技をしてきた。


 「そうだね。お昼にしようか」

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