第33話 これまでの話

 女の子に身体を洗ってもらう。それもクラスメイトの女の子に。

 本当に夢物語だよね。でもそれが現実で起きていたという事実。

 背中に当たる度に甘い声を出す彼女に俺は興奮しっぱなしだった。

 それに一緒の湯船に入ったし。


 あぁー夢だな。完全に夢だ。そうとしか言いようがない。


 彼女が脱衣所から戻ってきた。水色の水玉模様の可愛らしいパジャマを着ていた。

 女の子って感じがして、とても似合っているとと思う。


 「湯加減はどうでしたか?」


 「あぁー気持ちよかったよ」と目線を合わすことができない。

 東條さんは少しだけ頰を赤らめる程度で、澄ました表情になっていた。

 俺だけが意識しているみたいで負けた気がしてしまう。


 「あの、おこがましい真似をしましたが、そのどうでしたか? アレは?」


 アレとは自慢の胸を使って、背中を洗ったことだろう。ちなみに前の方は全力で断った。

 それに東條さんも顔を真っ赤にさせていたからね。でもなんだか、前の方にも興味ありげに見えた。って、そんなはずはないか。


 「う、嬉しかった」と本心を伝えてみる。恥ずかしそうに呟く俺を見て、東條さんは小さくガッツポーズを作った。


 「満足できたようで私も嬉しいです」と東條さんは心の底からの笑みを向けてきた。


その後、俺は漫画を読んで時間を潰した。東條さんはお料理の本を自宅から持ってきたようだ。時折、「こういうのユウヤくんは食べたいですかー?」と訊ねてきた。


 時間はあっという間に夜遅くまでなり、学生は明日の学校を考えて眠らないといけなくなった。


 本日も東條さんと一緒に寝ることになるのだ。どうやら抱き枕を持ってくるのを忘れたらしい。だから俺がまた抱き枕の代わりになるのである。

 昨晩は色々と一緒に寝るのに抵抗があった。でも考えてみれば、昔は楓(いもうと)や恵梨香(おさななじみ)とも、一緒に寝ていた経験があるのを思い出す。


 「もう、寝よっか」と言葉をかけると、東條さんも小さく頷いた。

 やはり恥ずかしいのだろうか。東條さんは少しだけ、頰を赤らめていた。


 二人でベットの中に入る。枕は一つしかない。だからそれを東條さんに貸してあげようと思った。だが、彼女は断ってきた。


 「ユウヤくんの腕を枕にするので大丈夫です!」

 何故か俺の腕に予約が入ってしまう。


 「えっ?」

 突然、東條さんの口から出た腕枕をして欲しいという要望。しかし、色々と今日はしてもらったと思いながら、俺は腕を貸すことにした。


 東條さんは俺の腕をガッシリと掴んで「もう、この腕は離しません!」と言いながら、顔をスリスリと擦り合わせていく。まるで手懐けられた猫が主人に触られて、幸せそうな表情をするのに似ていた。


 「ユウヤくんの腕ってたくましいです。私の腕と全然違うなぁーと思います」と東條さんが感心したように呟く。


 「そうかな?」

 でもたくましいと言われて、嬉しさがある。俺って褒められると伸びるタイプだからさ。


 「はい。そうですよ。やっぱり男の子なんだぁーと思います」

 一応、東條さんは俺を男の子と認識してくれているらしい。それはありがたい話である。

もしも彼女から『ユウヤくんを異性と思って見たことはないです』とか言われたら、かなりの精神的なショックを受けていたと思われる。


 「そ、そうかな?」と頰を人差し指で掻いて、おどけてみせた。


 「はい!」と目をマジマジと見つめられてしまい、何も言い返す言葉が見つからなかった。

 東條さんって俺と目があっても、緊張とか何もしてないのかな。


 ジッと見られ続けるのが、耐えきれなくなった俺は提案してみる。

 「そのさ、電気もう消さない?」


 東條さんは小さく笑みを作り、

 

 「はい。では消しましょうか」と柔らかな声で提案に乗ってくれた。


 リモコンを手に取り、電気を消した。するとすぐに東條さんが俺に抱きついてきた。

 抱きつく手が僅かながら震えている。


 「大丈夫? 東條さん」


心配になって、声をかけてみる。


 「大丈夫だよ。でもちょっとだけ、怖くて」と痩せ我慢してるようだ。


 「ん? 怖い?」


 「私ね、昔から暗いところが怖いんだ」と彼女は弱々しく呟いて、「ははは、バカみたいだよね。もう、高校生なのに。暗いところが怖いって」と自嘲し始める。


 東條さんは暗いところが怖いのか。俺も暗いところとか高いところとかはあまり得意ではないので一緒かもしれない。


 「そんなことはないよ。俺にだって怖いこととかたくさんあるし。それで、どうして暗いところが怖いの? あぁ、言いたくないなら別に言わなくてもいいから」


 もしかしたらデリケートな話かもしれない。そんなことにズケズケと聞くのは悪かったかもしれないと言った後に反省してしまう。


「別に大丈夫だよ。でも恥ずかしいから、あまり他の人に言わないでね。これは私とユウヤくんだけの秘密だから」と釘をさしてから彼女は語り始めた。


「ユウヤくんは私が入院してたことを知ってるでしょ?」


 「うん。知ってるけど、それがどうかしたの?」


 「私ね、昔からずっと病院生活だったの。お昼はみんなの笑い声が絶えないぐらい賑やかなのに、夜になるとシーンと静けさが増して……何の音もしなくなるんだ。時折、コツコツとスリッパの擦れる音がするぐらいで、それ以外は何も聞こえないの。そんなときに私、思っちゃうんだ。もしかしたら、このまま私はずっとひとりぼっちなのかもって。

 私が入院してた病院は私と同じぐらいの年代の子が居なかったし、それにずっと病院生活が続いていたから学校にも友達とかいなかったからさ」


 ここで一旦一呼吸を終えてから彼女は言葉を紡いだ。


 「でもね、とある男の子だけは私に優しくしてくれたんだ」


 彼女はその後も病院生活や俺が知らない彼女のことについて教えてくれた。


 正直、彼女の話を聞くと悲しい気分になるところもあった。

 俺が馬鹿面しながらゲームなどに飽きくれた日々を送っていた際に彼女は病気と闘っていたんだとか思ってしまって、自分が情けなく思ってしまった。


 「……あの、ごめんね。こんな暗い話ばっかりで」と彼女は俺に謝ってきた。


 「逆に嬉しかった。もっと東條さんのことを知りたいと思ったよ」


 心の底から本当に俺はそう思った。


 「だって、東條さんって自分のことをあまり話してくれないからさ」


 「そ、そうかな? でも嬉しいな。ユウヤくんが私のことをもっと知りたいって言ってくれて」


 心から幸せそうな表情で彼女は微笑み、言葉を続けた。


 「私ももっともっとユウヤくんのことが知りたいな。私が知らないユウヤくんの話を聞かせてよ」


 「まぁーいいけど。あまり面白くないと思うぜ。それでも聞いてくれるか?」と一言添えてみる。


 「面白くなかったらユウヤくんの話を子守唄気分で聞くから大丈夫」


 結構はっきりと言われてしまった。でも子守唄気分で聞いてくれた方がありがたいか。


 「はぁー分かったよ。じゃあ、まずは俺が小さかった頃の話からするかな……」


真中楓のこと。西沢恵梨香のこと。水無月レイナのこと。如月紗夜のこと。如月真梨のこと。そして、東條姫乃のこと。


 話し下手なので途切れ途切れで分かり辛い点があったかもしれないが、俺は全てを包み隠さずに話すことができた。


全てを話し終わった時には、隣から可愛らしい吐息を漏らして眠る東條さんの姿があった。本当に子守唄にされているとは思ってはいなかった。

電気を消しているとは言え、時間と共に暗さに目が完全に慣れてしまい、東條さんの表情を読み取ることができた。口元が緩んでるように見えた。


 でもその姿が本当に愛らしかった。


 「本当、可愛いな。東條さんは」と無意識に言葉が出てしまう。


 でももう彼女は寝ているはずだし、問題はないよな。


東條さんの頭を少しだけ撫で、「おやすみ」と声をかけてから俺は眠りについた。

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