シモーヌ編 自我

新暦〇〇三六年六月十四日




レックスが保護されてから二日。<もう一人のレックスのコピー>は、生命活動を再開する予兆がまったく見えない。治療カプセルが鼓動をアシストしないとまったく動かないんだ。信号も戻らない。


システムに表示されている肉体には、心臓マッサージのために久利生くりうが開胸したこと以外には構造的な問題が一切ないにも拘わらず、自力での生命活動が見られない。


それは、<脳波>という面でも同じだった。今の治療カプセルに使われている医療用ナノマシンの設定では脳までは完全に対処できないもののデータを見る限りでは生きている状態のそれと同じなのに、こちらも脳波が生じていないんだ。


まさしく、


<人体を極限まで精密に再現しているだけの模型>


のように。


猶予はあと二十五時間。それで生命活動が再開しなければ、諦める。そもそも生命活動を行っていないので、事実上<死体>と同じだしな。せめて脳波でも検出されればまだしも、それさえないんだから。


そんな<もう一人のレックスのコピー>を、シオとレックスが見舞う。


「なんとも不思議な感覚だな……自身のクローンを目の当たりにした感覚ということなんだろうか」


レックスが呟くと、


「でもこれは、クローンとも違う……クローンには記憶までは完全には再現されない。あくまで<遺伝子レベルでは同一の個体>というだけ。だけど私もあなたも、オリジナルと記憶も人格も同一。これは、今の地球人類の技術では再現できないこと……」


俺達が蓄えたデータを読み解いたシオがそう告げる。それに対してレックスも、


「確かに……」


と口にしつつその上で、


「しかし、私もシオも<別の個体>が存在している以上は、オリジナルとは別の個体というのは間違いないね。シオに対する気持ちはそのままでも、私はオリジナルの十枚とおまいアレクセイとは<別人>だ」


とも述べる。現実を現実として受け止め、かつそこにどのような意味が見いだせるのかを論理的に考えることができる人間ならではの思考だと思う。そうじゃなければ、


『自分は本人だ!』


と強弁したくもあるだろうからな。だが、シモーヌもビアンカも久利生くりうもルコアもメイガスもシオも、


『自分は自分』


だと認識してくれている。<自分と全く同じ別の個体>がいようがいまいが、それを含めて<自分>なんだ。そこには確固たる<自我>がある。ゆえに現実を受け止められる。


ただそれも、


『不定形生物の中の世界での経験を経たから』


というのもあるんだろうな。その時点で自分達が、


『オリジナルとは別のデータヒューマンになっている』


的な認識が持てたからこそ、自分がオリジナルか否かという点に拘る必要はなくなったのかもしれない。


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