閑話休題 夷嶽の日常

アリアンによって台地の麓、鵺竜こうりゅうの生息地に移送された夷嶽いがくは近似種である雄の鵺竜こうりゅうつがって五個の卵を産み、そのうちの四個が孵ってさらにそのうちの三頭が成長を続けてくれてる。


その子らを連れてすっかり母親っぽくなった夷嶽いがくからは、あの恐ろしい<怪物>の気配は感じられない。もちろん、恐竜によく似た巨大な猛獣という意味では今でも十分に恐ろしいが、それは他の鵺竜こうりゅうも同じだしな。


どうやら鵺竜こうりゅうの生態は、部分的にオオカミ竜オオカミに似ているらしい。地球の哺乳類ほどは子供を丁寧に育てるわけではないものの、一応、外敵から守ろうとはするし、餌も与えるしで、そこそこ<子育て>はするんだよ。


幼い幼体こども時代はないはずの夷嶽いがくではあるものの、基になった鵺竜こうりゅうの記憶の一部があるのか、普通に子育てはできていた。人工飼育などの形で人間に育てられた野生動物は子育てができなかったりすることもあるらしいが、夷嶽いがくはそうじゃなかった。


子供達の前で、草食の鵺竜こうりゅうを狩って見せて、そして餌として分け与える夷嶽いがくの姿に、つい和んでしまう。まあ凄惨な光景ではあるものの、ある程度は俺も慣れてしまったしな。


夷嶽いがくには是非とも、このまま(鵺竜こうりゅうとしては)穏やかに過ごしてもらって、そして寿命をまっとうしてほしい。寿命をまっとうするのは難しくても、せめて普通の鵺竜こうりゅうらしい生涯を送ってほしいと思う。


ところで、夷嶽いがくとその近似種の鵺竜こうりゅうは、オオカミ竜オオカミと違って群れを作る習性はないようなので、雄の姿はすでに夷嶽いがくの傍にはなく、他の雌と番っていたのも確認されている。


だからこそ、普通の鵺竜こうりゅうとして生きられているのが分かるとも言えるかな。


夷嶽いがく


あの不定形生物が変化したと思しき<怪物>。でも、そんな怪物として生まれながらも、それとはまったく違う生き方をすることもできることが、俺にとっても救いになってるかな。


『<殺さなくていい理由>がある』という意味でも。


『殺せばさらに強力な怪物が現れるかもしれない』


その意味だけでなく、元々殺す必要がないってことでな。


あの不定形生物の中に潜んでいるらしい何者かの意図で人間に対する激しい憎悪を抱いているなんてのは、夷嶽いがく自身の所為じゃまったくないはずだ。


何者か知らんが、本当に趣味の悪いことをしてくれる。お前がどういうつもりだとしても、俺はなるべくその目論見には乗ってやらないつもりだよ。回避できるものは回避するし、殺すのも殺されるのもごめんだ。


特に、本来の生態に外れた習性に操られてなんて、な。


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