玲編 まぎれもない証

新暦〇〇三六年三月五日




推定されていた予定日まではまだ少し時間があったが、どうやられいが産気づいたようだ。胎児も順調に育っていたから、おそらく問題のない自然なそれだと思われる。それがどちらにしろとにかく光莉ひかり号の医務室に移ってもらう。


「ふーっ! ふーっ!」


険しい表情で荒い息をしながらも、れいはイレーネに誘導されると素直に医務室に入ってくれた。イレーネを母代わりに育った彼女は、今もイレーネのことを一番に信頼しているようだ。えいとはまた別に。


医務室に入ると、敢えてベッドにではなく、壁際の床にマットレスを敷き、そこにうずくまる。基本的に地球人のように分娩台で足を開いてという形では出産しない。多く見られるのは、座って木の幹などに抱き着いた状態で出産する<座位分娩>や、それこそ四足歩行の動物のような四つん這いの状態で出産する形だ。これはそれぞれが楽だと感じたり力が入りやすいそれで行うらしい。


なお、今回は俺は外で待つ。ひかりひなた萌花ほのかを出産した時にもそうだったが、さすがに立ち会うのは違うような気もするしな。立ち合いは、母親代わりのイレーネと、パートナーであるえいがしてくれる。


加えて、出産そのもののサポートは、セシリアだ。この集落での医療面は、すっかり彼女におんぶにだっこだよ。


「私は、解剖だったらできるんだけどね」


シモーヌは苦笑いだ。


なので、完全にセシリアに任せて、俺はじんの墓の前に座って待つ。


「いよいよ、じんの曾孫が生まれるぞ。まったく。めいじょうが生まれただけでも大騒ぎだったってのに、曾孫だぞ? 曾孫。びっくりだよな」


などと語りかけつつ、


「なあ、めいは幸せだったと思うか……?」


とも問い掛けてみる。無論、返事があるわけじゃないものの、まあ、<気分>だな。現実を自分自身の中に落とし込むための手順でもある。


『娘を亡くした』


っていう現実をな。


老化抑制処置のおかげで健康寿命が二百年を超えた地球人に比べてあまりにも短すぎる生涯ではあったものの、事故や病気や、ましてや事件に巻き込まれたというのではなく、ただ<寿命>をまっとうしたということだからか、俺自身、不思議と腑に落ちている感じはしてるんだ。


それに苦しんで死んだわけでもなかったみたいだしな。遺体にもそういう痕跡もなかったそうだし。かくと同じように、眠っている間に静かに息を引き取ったらしい。そういう部分もある種の納得に繋がっているのかもしれない。


そしてそんなめいかくの孫を迎えようとしてる。二人の命がこうして繋がっているんだって実感がそこにはある。


ああ、なるほど。子や孫や子孫がいるというのは、そこに至る者達が確かに生きていたというまぎれもない証なんだよな。


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