玲編 その後の牙斬

で、夷嶽いがくに触れればやはり欠かせないのが牙斬がざんのことだ。ビクキアテグ村からは約二千キロばかり離れたところに放逐した彼のことも、はるか上空に待機した母艦ドローンのカメラで監視している。万が一にもこちらの方に戻ってくることがあるようならまた対処しなきゃならないからな。


そうなると、夷嶽いがくのようにいっそ台地の麓に移送するという選択肢も考慮に入れなきゃならないだろう。


ただ、その場合、近似種である鵺竜こうりゅうの生息地である台地の麓に移送したことでパートナーを見付け子まで生した夷嶽いがくと違って、牙斬がざんは完全に孤独になるだろう。


加えて、夷嶽いがくは台地の端の崖を登ることはできないが、牙斬がざんの能力からすれば千メートルの断崖絶壁をフリークライミングすることさえ十分にできると思われる。だから、台地の麓に移送することは、必ずしも安全を保障してはくれない。


が、結論として先に言うと、牙斬がざんも、いつの間にやらルプシアンの群れのボスにちゃっかり収まって、やっぱり子供を作っちゃったりしてたんだよな。


で、その子供達も、どうやら普通のルプシアンとして生きてるらしい。


見た目こそかなりルプシアンとは違ってしまった牙斬がざんだが、習性や<匂い>についてはまだルプシアンのそれが残っていたらしい。その<匂い>とは、<フェロモン>も含んだ話だ。


並のルプシアンじゃまったく相手にならない強さと高い知能を持つ牙斬がざんは、単純に<ルプシアンの雄>として大変に魅力的だったんだろう。


サーモバリック爆弾を、穴を掘った上に猪竜シシを盾にしてやり過ごした際に鱗が焼け焦げたことで黒くなっていた体も、ルコアが怪我をして回復した時と同じく鱗が抜け落ち毛に生え変わったらしくて元の白い姿に戻っていた。厳密には<白>じゃなく透明で、毛皮が光を乱反射して白っぽく見えているだけである。これはビアンカも同じだ。ビアンカのアラニーズとしての本体にびっしりと生えている細かい毛が光を乱反射して白く見えている。


というのは余談だが、とにかく、牙斬がざんも、人間と関わりさえしなければ、


<ちょっと?特殊なルプシアン>


として普通に生きていけたということだな。


いずれにせよ、夷嶽いがく牙斬がざんも、恐ろしい敵ではありつつ、ただの敵として憎むことができる相手でもなかった。牙斬がざんがエレクシアの左腕を奪ったことにしたって、彼自身は己の全力で戦った結果なだけだしな。今となってはもう、俺も彼を憎んじゃいない。


エレクシアの方も日常的な範囲では全く支障なく過ごせている。義手の性能が上がったおかげだな。


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