玲編 遊び
家族を大切にしない。労わらない。敬わない。そういうのは結局、家庭の中で自分がつまはじきにされて、大切にしてもらえない、労わってもらえない、敬ってもらえない。
ってことになると思うんだけどな。で、親がそういう振る舞いをしてると子供もそれを当たり前だと考えるようになる気しかしない。なんでそれが理解できないのか俺には分からない。
とにかく『自分に責任はない』『自分は悪くない』『悪いのは自分以外だ』って考えて常に誰かの所為にしてるってのは、楽しいか?
そんなことしてても誰も認めてくれないのが現実じゃないのか? それで、
『現実なんてクソだ!』
とか言ってて、なんでそんなんが通用すると思える? これも俺には理解できない。
などと考えるのは、
慣れないからって見て見ぬふりしてもこの現実がなくなるわけじゃないわけで。現実と折り合うためのものなんだよ。
で、マンティアンの習性として完全に動かなくなったパパニアンには興味を失った
こうして食事を終えた
距離を保ってこちらに危険が及ばないなら敵対はしない。そう自分に言い聞かせ、それを態度として示し、子供達に真似してもらう。
なお、襲われたパパニアンの遺体についても、敢えてそのままにする。こうしておけば
一方、
さらにビクキアテグ村では、ケインとイザベラとキャサリンも順調に育ってくれていた。キャサリンは今日も脱走を図り、
それにキャサリンも、捕まるとおとなしく連れ戻されてくれる。これ自体が、
<家族に構ってもらいたいための遊び>
なんだろうな。実に人間の子供らしいじゃないか。
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