玲編 どっちを選択しても

龍然りゅうぜんの子らしき若いマンティアンは、悠々とめいの縄張り内をうろついていた。


正直、どうするべきか考える。マンティアンとしてまっとうな最期を迎えてもらうなら、むしろ戦って負けてとした方が……


って、自分の娘にそんな最後を迎えてほしいと思うわけがないだろう……? 


「たとえ認知症になっても、そんな最後を迎えるよりはマシか……」


錬是れんぜ……」


呟く俺を、シモーヌが支えてくれる。


そうだ、自分の娘が猛獣に襲われて殺されて食われるとか、そんなもの、普通に許容できるわけないじゃないか……!


だが同時に、認知症を患い壊れていくひそかを看取った俺の正直な気持ちとしては、そちらも目を背けたくなるぐらいに残酷なことだったように思う。


愛する者が、トイレの使い方も分からなくなり、糞や小便を垂れ流すんだぞ? しかもそれが、いつ終わるとも分からずに続くんだ。確かに家族にとっても地獄だろう。


それを思えば、いっそ……


とは、思ってしまう。しまうが、


「やっぱり、俺には、自分の娘が殺されて食われるのを認めることはできないよ……」


シモーヌにそう告げる。


「それは私もよ、錬是れんぜ瑠衣るいがそんな最期を迎えると考えたら、耐えられない……」


彼女も応えてくれた。瑠衣るいは、あの不定形生物の中で秋嶋シモーヌが生んだ娘だ。ここにいるシモーヌとあちらの秋嶋シモーヌとは、同じ記憶を持っているだけの他人だとしても、同じ記憶をもっている以上は、瑠衣るいという娘に対する気持ちも変わらないだろうからな。


ただし、今の時点ではそう言ってても、実際に自分の子供が自分より先に認知症を患い壊れていくのを目の当たりにしたら、


『やっぱりあの時、早々に死なせてやればよかった……!』


と後悔するのも人間というものだ。そんなことは分かってる。結局、どっちを選択したって後悔することはあるんだ。


『やって後悔するか? やらずに後悔するか?』


そんな単純な話じゃない。人生ってのはな。どっちを選択しても後悔するなら、自分がそれを選択した事実を受け止めるしかないだろう?


だから俺は、ドーベルマンDK-aきゅう号機と拾弐じゅうに号機に命じた。


「そのマンティアンを追い返せ。なるべく怪我をさせないようにするのが望ましいが、万が一死なせても構わない」


めいと同じマンティアンとはいえ、見ず知らずの<外敵>だ。わざと殺す必要はなくても、自分の娘と同じ扱いをする必要は感じない。


命令を受諾した信号を返し、きゅう号機と拾弐じゅうに号機は、マンティアンへと向かったのだった。


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