ビアンカ編 來

何の前触れもなく、いや、衰えてきてたのは事実だが、それでも決定的な予兆があったわけでもなく、突然、逝ってしまった。


確かに、家族がこれだけ増えればこういうことだって起こり得るだろう。その覚悟はしていたつもりだった。それでも……な……


「早いよ……きたる……」


思わず呟いてしまう。


理論上は、まだあと十年くらいは時間があるはずだった。ただ、理論は理論でしかないのも事実ではある。


きたる……」


ルコアも、池のほとりに寝かされたきたるの遺体を前に、ポロポロと涙をこぼす。彼女ときたるは、お互いにまだ完全に警戒心が解けたわけじゃなかった。どちらも距離を取ってるのは間違いなくあった。


それでも、別に『嫌ってる』わけじゃなかった。ただ、何となく苦手意識があっただけだ。特に、ルコアの方は。けれどその一方で、<隣に住んでる親戚>みたいな感覚はあっただろうな。そして、きたるの子である未来みらいのことは可愛いと思ってくれていた。だからこそ、両親と会えない自分と重ね合わせてしまったというのはあると思う。


その未来みらいは、動かなくなった母親の体を、ペロペロと舐めていた。人間(地球人)のように分かりやすく悲しんだりはしてないが、それでも、きたるに甘えている時には時々見せる仕草だった。何より、未来みらいは寝ていたんだ。ぐっすりと寝ていたのに、何かを察したのか起きてきて……


モニカとテレジアが、きたるの心停止を確認後、遺体の処置を手早く済ませてくれていた。そこに、未来みらいが起きてきた。


ちなみに、老衰が原因の心停止などの場合には、原則、蘇生措置は行わないという取り決めがなされている。今回のきたるの場合も、年齢こそはまだ若かったものの、明らかに衰えが見えてきてた上に、何かに襲われて怪我をしたとかじゃなかったからな。


きたる……ありがとう……お疲れさま……」


久利生くりうは、彼女の遺体の脇に跪き、鱗に覆われた頭をそっと撫でていた。


きたるの方は、彼に出逢った時こそは情熱的に求めたものの、未来みらいを授かると『用済み』とばかりに久利生くりうのことは見向きもしなくなったが、それはクロコディアの元々の性質だから、別に彼のことを嫌ってるというわけでもない。だからこそ、穏当にすぐ近くで暮らせていたんだしな。


何人もの子供を生んで、穏やかな余生を送れて、きたる自身はこれといって不満を抱いている様子でもなかった。最後の子供である未来みらいが健やかに育ってきてるのを見届けて、満足したのかもしれない。


もちろんそれは、俺の勝手な解釈でしかないだろう。本当のところは、きたる自身にしか分からないと思う。


でも、不幸そうでなかったこともまた、事実だと思うんだ。


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