來編 幸せになる権利

「……」


決心して軍人としての敬礼をしながら久利生くりうの前に立ったビアンカだったものの、それでも唇を噛み締め、視線を逸らし、泣きそうな表情になっていた。


彼女にとってそれがどれだけ辛いことなのか、彼女じゃない俺にとっては想像するしかできない。できないが、俺も胸が苦しくなるのを感じる。


そんな俺の隣に立ち、俺達とはやや異なるメンタリティを持つあかりだが、こういう時は茶化さない方がいいとは、光莉ひかり号やコーネリアス号に備えられていた様々な映像コンテンツを見まくってきたことで、知識としては知ってくれていた。


また、雷に怯えて疲れてしまった子供達に寄り添っていたひかりも、まどかひなたが寝付いたことで姿を現したものの、彼女はそもそも余計なことは口にしないタイプだからただ静かに見守ってくれてる。


じゅんは子供達と一緒に眠ってるそうだ。


そんな中、久利生くりうは言う。


「ビアンカ。僕も君と再会できて嬉しい。お互い以前とは少し違ってしまったかもしれないが、君が君でいてくれたなら、僕はそれ以上は望まないよ。ありがとう。僕のことを覚えていてくれて……」


その言葉に、ビアンカの顔がくしゃくしゃっとゆがむ。


「少佐ぁ……」


軍人として規律を遵守し毅然とした態度でいようと頑張ったんだろうが、もう我慢しきしれなかったんだろうな。ボロボロと涙をこぼしながら、迷子が親に再会できてホッとしたかのように泣きじゃくってしまった。


「う…あ……うあぁあぁぁん……!」


俺達の<仲間>に加わって、それなりに落ち着いているように見えていたビアンカも、やっぱりどこかで気を張ってたんだろうということは俺も感じていた。


それがこうして、改めて自分が想いを寄せていた相手に再会して、変わってしまった自分を受け止めてもらえたことでそれまで抑えていたものが爆発してしまったんだな。


いくら自分が<コーネリアス号乗員、ビアンカ・ラッセ>本人ではなくそのコピーに過ぎないと割り切っているつもりでも、人間はそんなに完璧には割り切ってしまえない。


だから俺は、アラニーズの体を地面に座り込ませて、それでようやく人間が膝をついたくらいの視線の高さになって、久利生くりうにそっと抱き締めてもらって、彼の胸に縋り付いて大きな声を上げて泣く彼女のことを、嗤う気にはなれなかった。


たぶん、俺の子供達に対するのと同じ気持ちで、この時の彼女を見守ってたんだろう。


ビアンカ……たとえどんな姿に生まれついてしまっても、幸せになる権利ってやつは誰にでもあるものだと俺は思う。


姿形は変わっても君を君として受け止めてくれる人を好きになったビアンカの見る目は間違っていなかったんだよ。


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