翔編 好み

アクシーズにとって<強さ>は非常に重要な要素だから、雄が雌に対して自身の強さをアピールすること自体は別に間違っちゃいないんだろう。


ただ、やっぱり<好み>というのはあるんだろうと思う。その雌にとってこの雄は好みじゃなかっただけだろうな。


とは言え、雄の方は納得できなかったらしく、とにかく自分の強さを分からせようとしてたようだ。


が、問題はそこじゃない。雌の好みのポイントから外れてるんだ。だからいくらアピールしても迷惑なだけだ。


めいに付きまとったさくもそうだったが、人間にも見られるこの種の<思い込みの強い勘違い野郎>というのはいるんだなあ。


なんてことを言ってる場合じゃないか。


しつこい雄に絡まれ、雌は必死で逃げた。勝てない奴を相手にすればとっとと逃げるというのも野性なら当然の判断。そして雌が逃げた先にはすいの縄張りがあった。


結果としてすいの縄張りへと逃げ込んだ形になる。


となると、当然、縄張りを侵された形になったすいも黙ってはいない。


しかもすいは、より強く脅威となりそうな雄の方に狙いを定めたようだった。


威嚇も警告もなく、すいは、雌に追いつき上から足を伸ばそうとしていた雄のさらに上空から急降下し、右肩に思い切り爪を立てた。


「ギャウッッ!!」


まったく予測もしていなかったところに思わぬ攻撃を受けたその雄は悲鳴を上げてバランスを崩し墜落。


完全な不意討ちだったとは言え、他のアクシーズの縄張りに入った時点で攻撃されるのは当たり前だから、すいに非はない。


攻撃を受けた雄は樹の枝に掴まり、反撃するために体勢を整えようとした。だが、そのタイミングを与えない。


エレクシアやメイフェアやイレーネの戦い方を目の当たりにしてきた上に、アサシン竜アサシンと戦い、がくとも戦った経験があるすいは、確かにアクシーズとしてはおとなしい部類に入るとしても、戦闘のセンスそのものは決して悪くない。


さらには、正々堂々とか卑怯とか、そんな概念自体が野生の生き物にはない。生き残ったものが勝ちなのだから。


より確実に勝利を得るために不意討ちなどの工夫をするのはむしろ当然の選択だな。そもそも生きるうえでの道理が違う人間の世界でそれを真似るから<卑怯>だなんだという話になるだけで。


いずれにせよ、自らが生きるための努力として、すいは地の利を活かし虚を突くことを徹底した。


すると相手の雄も、人間ほどはプライドなど持ち合わせてないこともあり、少なくないダメージを負ったことで、いわば<損切り>した形を取る。さらに攻撃を加えようとするすいを躱して力一杯ジャンプし、羽を広げて一目散に逃げ出したんだ。これも当然の選択だな。


ここで無理をするよりも、他にも雌はいるんだから、そちらに目を向けた方がいいに決まっている。


こうしてすいは、結果として雌を守ったのだった。


あくまで『結果として』だが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る