走・凱編 新しい部屋

新暦〇〇二九年六月九日。




何度も言うが、自分にとって都合の悪い奴、目障りな奴、気に障る奴、不愉快な奴、そういうのがまったくいないなんていう状況は存在しえない。


なにしろ、


『完璧な世界は存在する! 実現できる!』


などと声高に叫べばそれに納得できない奴が必ず現れて反論したりするじゃないか。それでもう、自分にとって都合の悪い奴、目障りな奴、気に障る奴、不愉快な奴がそこにいることになる。


まあ、そういう自分にとって都合の悪いもの一切を完全に意識の外に追いやって認識しないようにできるなら、そいつ一人にとっては<完璧な世界>も存在するんだろうけどな。だが、そいつ以外にとってはそんなことを思い込んでる奴そのものが目障りだったり気に障ったり不愉快だったりするのも事実だろう。


だから俺は、自分にとっては不都合な相手がいること自体を普通だと考えてる。


例の不定形生物や、きょうみずちがくといったものが存在するのを認めた上で、生きるために戦うことも否定はしない。


これも矛盾の一つだろうな。


そんなことを考えつつ、そう達を見守る。同時に、ここに暮らす<家族>も見守る。


こうかんの母親であるしんは、今日も今日とてのんびりと自分の<部屋>で昼寝をしてる。扉は基本的に開けっ放しのことが多いから、その前を通りがかるだけでも見えるんだ。基本的に『扉を閉める』という感覚がないからな。それに、開けておいた方が風通しもいい。


<仮設の小屋>に等しいしんの部屋は、もう結構ガタがきている。そろそろ作り直したほうがいいと思うんだが、本人は気に入ってるらしく、不満はないようだ。


とは言え、倒壊すると危険だしなあ。


そんなわけで俺は、


しんの新しい部屋を作ってやって欲しい。ただ、本人が進んで新しい部屋に移ってくれるように、しばらくは今の部屋も残したまま、新しいのを作ってくれ」


と、エレクシアに命じた。


「承知しました」


メイトギアであるエレクシアは、命じられれば拒まない。嫌な顔一つせず、どんな面倒臭い作業でもこなしてくれる。だから早速、しんの部屋の隣に、同じような小屋を一時間で作ってしまった。一切の無駄がない効率的な作業を休憩もなくできるロボットならではだな。人間なら早くても半日はかかるだろう。


しかも、しんが寝ている隣で作業をしてても起こさないくらいに静かで丁寧だった。


こうやって新しい部屋を用意しておいて、今の部屋がいよいよ居心地が悪くなってきたらそちらに移れるようにしておくわけだ。


すると、日が傾きだした頃に起きだしたしんが、


「?」


突然自分のそれの隣にできた新しい小屋に早速興味を示した。中を覗き込んで、ふんふんと匂いをかいでいる。しかし新しすぎて匂いが気に入らなかったのか、ぷいと踵を返して密林へと入っていった。狩りの時間だ。


ま、最初はこんなもんだ。


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