走・凱編 戻らないのなら

一方、ビアンカは、家が、設備も含めてほぼ完成したことで、自分のことを自分でし始めた。特に食事と洗濯は彼女にとっては人任せにしたくないことだったようだ。


なにしろ食事の量が半端ない。それを用意してもらうのが恥ずかしい。


そして洗濯物の量も半端ない。クモ(に似た部分)に着ている服の体積は、キングサイズのベッド用のシーツをも上回るからな、それもまた恥ずかしいとのこと。


この辺りは俺にはピンと来ないので、敢えて何も言わない。彼女に任せよう。


それでも、そういう部分以外については、少し落ち着いてきたそうだ。


<コーネリアス号乗員ビアンカ=ラッセ>としての記憶が戻る気配はないものの、別に戻らないのならそれはそれでいいと思う。彼女は<コーネリアス号乗員ビアンカ=ラッセ>じゃないから。


でもそれと同時に、もし戻った時に彼女がそれで苦しむなら、それもまた受け止めなきゃな。そういう部分も含めて彼女を受け入れると決めたんだし。


そうしてビアンカが服も着てここで普通に生活し始めると、あらたうららしんえいも、彼女のことを警戒しなくなっていった。普通に生活しつつ自分達に害意を向けないとなると、<敵>じゃないと判断できるからだろうな。


よかった。


まどかひなたもすっかり平然としてる。積極的に近付いてはいかないものの、そんなに怯えてもいない。ビアンカが急に動いたりしなければ。


さすがにあの大きさのものが急に動くと怖いようだ。


唯一、じゅんだけはどうも苦手意識が消えないみたいだな。まあこれも、人それぞれってものだろう。ビアンカは敵じゃないし、エレクシア達がいれば敵たりえないが、だからといってすべての事例で敵対しないとは限らない。なにしろ、きょうがくの事例もある。人間に対して敵意を持っている<何か>の影響を受けた個体だって生まれる可能性はこれからもあるからな。


そういうことも考えられる以上、全員が一様に気を許してしまうのは危険と考えることもできると思う。じゅんのように捉える者がいるというのも必要なことだと思うんだ。


それに、じゅんだって別にビアンカを敵視して攻撃を加えようとしてるわけじゃない。ただ警戒を解くことができないだけだ。それでいい。


全てが自分の思い通りになることはない。それはじゅんにとってもそうだ。あいつにとってはビアンカの存在が非常に邪魔だと思う。家族を危険に曝す不気味な怪物にも思えてるだろう。それを我慢してもらうんだから、こっちもあいつが俺達の思い通りになってくれないことを我慢しなくちゃいけない。<社会>とはそういうものなんだ。誰かにとってだけ都合のいいものにはならない。


社会を思い通りに操っているように思えるのがいたとしても、そういう者に反発するのも必ずいるだろう? そういうことだ。


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