走・凱編 表情

新暦〇〇二九年六月八日。




昨夜は夜遅くまでビアンカの家の灯りが点いていたらしいが、俺はさほど気にせずに眠っていた。エレクシアとセシリアと、メイフェアがほまれ達の警護任務に戻ったことで交代して帰ってきたイレーネに任せておけば大丈夫だからな。


「おはようございます」


翌朝、俺が目を覚まして外に出ると、不意に声を掛けられた。


「ああ、おはよう」


声のした方に振り返ると、そこにはビアンカの姿が。昨日着ていたのとよく似た桜色の<服>だったが、少し柄が違うことは俺にも分かった。着替えのために数着、用意してもらっていたんだ。さすがにまだ、<桜色の可愛い印象の服を着たヒト蜘蛛アラクネ>の姿には俺としても違和感があるのは否めないものの、それも遠からず慣れるだろう。


そして、俺を見るビアンカの表情が、穏やかになってるような気がした。透明だから普通の人間のそれよりは分かりにくいものの、確かにそういう印象があったんだ。


自分の<家>が完成したことで、ある意味、自身の存在が確立された実感があったのかもしれない。それで昨夜は、興奮して寝られなかったのかもな。


まあ元々、ヒト蜘蛛アラクネの生態に準じるのだとすれば、人間のようにまとめて何時間も寝ることはないんだけどな。完全に熟睡するんじゃなくて、うとうとと居眠りのような睡眠を一日に何回かに分けてとるのが基本なんだ。


だから灯りを点けたまま、そういう形で睡眠をとっていたんだろう。


それもあってか、すっきりした様子もある。


何より、ちゃんと俺の前に姿を現して挨拶してくれたのが嬉しい。


「今日はこれと言って予定もない。のんびりしててくれたらいいよ」


そう言った俺に、


「はい、ありがとうございます」


彼女は頭を下げた。


それからビアンカは、自分の部屋をあれこれいじりながら、そう達の映像を見ていたらしい。


同じ映像を、俺もタブレットで見た。もっとも俺の方は、映像を切り替えながらめいしょうといった他の子供達の様子も見ていたから、ずっとそう達だけを見ていたわけじゃないけどな。


でもその中で、りんゆうの子供であるあんほうろうが、そう達の群れの子供達と一緒になって遊んでいる様子も見られた。


基本的にはレオンは夜行性なので、こうやって昼間に起きているというのは人間からすれば<夜更かし>みたいなものかもしれないものの、そもそも野生の動物は人間のように安全な場所で危険に曝されることもなく何時間も熟睡できるということがないはずなので、そこまで煩く言う必要がないのだろう。必要な時には飛び起きて対処しなきゃいけないんだから、本来は寝ている時間であっても、起きられるのなら起きていることもある意味では訓練なのかもしれない。


それで言うと、ここにいた時のふくなどは、本当にぐうたらして見えてたな。ここが安全なのが分かっていたからだろうな。


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