走・凱編 憂さ晴らしの玩具
『どうして死なせてくれなかった!?』
それは、俺自身も何度も思ったことだ。病気が進んでからは意思の疎通も困難だった妹も何度も思ったことだろう。
……いや、あの子の場合は、人の形を保てなくなった頃には脳の構造まで変化して、人間としての思考さえ失われていたらしいから、そんなことは考えていなかったかもしれないが。
それでも、人間としての意識が残っている間には何度も思ったことかもしれない。あの子は決してそれを口にしなかったけどな。
何故かと考えるに、あの子は俺に<人殺し>をさせたくなかったんだろう。自分が死を望めば俺がその願いを叶えようとする可能性が高いことを知っていたんだ。
だから、
『自分が楽になるために俺に<妹殺し>をさせる』
なんてことについては断固拒否したのかもしれない。
まあ……、今となっちゃただの推測だけどな。
とにかく俺はそのおかげでこうして今も生きていられるんだろう。あの子を殺していたら、たぶん、俺もその時点で死を選んでいただろうし。
そうして死ななかったから、今、幸せになれたんだ。
あの子は、
シモーヌにも、それだけの強さがあった。だから生き延び、今は幸せに暮らしている。
ビアンカにも、同じ強さがあれば生き延びるだろう。
だが、ここで言う<強さ>は、<イジメに負けない強さ>じゃないと思う。
<楽な方を選んでしまいそうになる自分を律する強さ>
なんだろうな。
妹の場合は、
『自分が楽になりたいがために俺に妹殺しをさせるという選択をしてしまいそうな自分に抗った』
という感じだろうか。
対して、<イジメに負けない強さ>というものの中には、
『加害者に対して反撃し、力尽くで状況を覆す』
というものも含まれるかもしれない。そしてそれは、
『イジメをやめさせるという目的の為には手段を選ばない』
などという、
<自分にとっての楽な選択をしてしまう弱さ>
も内包したものだと思う。
『イジメ加害者を殺してやる』
って感じのな。
何度も触れてきたが、復讐ってのはフィクションのように上手くいくものじゃない。下手をしたらまったく無関係な人間を巻き込む危険性の高い<犯罪>だ。
加えて、加害者と被害者の間の確執だとか、世間にとっては実はどうでもいいことなんだ。表に出てこない部分を当て推量で補完して叩く材料にする、なんてことはそれこそ枚挙に暇もない。
フィクションの復讐は絶賛しながら、現実に起こった復讐劇では<復讐者>をただの<犯罪加害者>として徹底的に叩くということもするんだ。
世間ってのはそういうもんだ。
あの子は、
<憂さ晴らしの玩具>
にしないように守ってくれたんだよな。
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