明編 一線

『頼む、めい、ビアンカを殺すな……!』


俺は心の中で怒鳴るように祈った。


ビアンカを救いたいのもそうだし、めいに<人殺し>をさせたくない。


それが野生の中で生きる上での<普通>に反することだとしても、あの子の親としての素直な俺の気持ちだ。


万が一間に合わずにめいがビアンカを殺してしまっても、責めたりはしない。しないが、人間としての俺の感覚ではそれがどうしても<一線>としてある。同族である人間を殺すことは禁忌であると無意識のレベルにまで思い込ませることに成功した人間ならではの感覚だろうな。


なのに、遭遇してしまった。めいとビアンカが。


ビアンカの姿が見えた瞬間、めいが戦闘態勢に入るのが分かった。


「くそっ!!」


つい声を上げてしまう。


俺がもっと早く決断していれば……


あそこでボクサー竜ボクサーが現れなければ……


めいが走りださなければ……


そんなことを考えてしまうが、どれも詮無いものだな。物事ってのは自分の思い通りにはいかないのが普通だ。特に、厄介事というのは。


そしてここから先はまた、後で映像を改めて確認して分かった内容で説明していく。


ものすごいスピードでビアンカに迫っためいだったが、意外なことにビアンカもそれに気付いたらしくハッとした様子を見せたと思った瞬間、人間部分の体を丸めて防御の姿勢をとった。


さらにはクモ(に似た)部分の体を沈み込ませるように下げると、めいの鎌が空振りして素通りしてしまう。


たぶん反射的に咄嗟に躱したのだろうが、おそらく人間にはできない反応だった。この辺りからも、やはりヒト蜘蛛アラクネと同等の身体能力を持っているものと推測できる。しかもそれを、意識して使いこなせるかどうかはまだ判然としないものの、少なくとも潜在能力としては確実に持っているんだろうな。


「!?」


本来なら必殺の一撃だったものを躱されて、今度はめいが驚いたのが分かった。


ヒト蜘蛛アラクネはその巨体に似合わず俊敏なんだ。がくも決して鈍重ではなかったものの、やはり体が大きい分、めいの動きには完全にはついていけてなかった。鎧状の堅牢な外皮が彼女の攻撃の一切を弾いてみせただけで。


なのに、今、めいが初めて目にしたこの<大きな獣>は、彼女の攻撃を確実に躱してみせたのだ。せいを胸にしがみつかせていることで若干、本来の動きではなくなっているとはいえ。


だがそんなことでめいは怯まない。空中で体勢を入れ替えて木の幹に着地すると、今度は背後から襲い掛かろうとした。するとビアンカのクモ(に似た)部分の後ろ脚が持ちあがり、めいの体に叩きつけられた。


めいはそれを鎌で受けたが、体ごと弾き飛ばされる。


凄まじい攻防であった。


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