明編 不定形生物由来の個体

雷雨が過ぎて三十分ほど経ち、ようやく緊張が解けてきた頃、エレクシアが言った。


「マスター。河のこちら側に、ヒト蜘蛛アラクネらしき姿をドローンが捉えました」


「なに?」


ヒト蜘蛛アラクネは非常に獰猛で危険な動物だが、酷く河を恐れていて、決して近付こうとしなかった。なので、対岸には当たり前に生息していながら、こちら側にはこれまで生きた個体が確認できなかった。


以前、同じように対岸の地域には生息していながら河を恐れてかこちら側にはいなかったアサシン竜アサシンが何らかの理由でこちら側に来たこともあったが、駿しゅん達と衝突して、最後はすいに地上へと叩き落されて駿しゅん達に駆逐されるという最期を迎えたな。


今回も何らかの事情でこちら側に流されてきたか何かかと思ったものの、


「どうやら、例の不定形生物由来の個体のようですね」


とエレクシアが付け足す。


「なに…!?」


その言葉に俺は思わず身構えた。そしてタブレットでドローンの映像を確認する。


「これは…確かにヒト蜘蛛アラクネのようだな……」


画面には、体が透明になっているようにも見えるヒト蜘蛛アラクネが岸辺で呆然としている様子が映っていた。


と、俺が見ていたタブレットを覗き込んだシモーヌが、


「ビアンカ……!?」


驚いたように声を上げる。


「え?」


突然のことに戸惑う俺に向かって、


「このヒト蜘蛛アラクネの人間部分、コーネリアス号の乗員のビアンカ・ラッセです……!」


絞り出すようにしてそう言った。


ああ、なるほど。不定形生物の中に情報として保存されているコーネリアス号の乗員のDNAを基に構成された姿ということか。


グンタイ竜グンタイの女王と同じだな。あの時は、メイフェアが担当してた乗員の姿をしていたことで、女王を駆除しようとしたエレクシアと対立することになったんだ。


しかし今回は少し様子がおかしい。


人間部分が、自分の体を隠そうとするかのように、腕で胸と下腹部を覆っている。グンタイ竜グンタイの女王はまったくそんなそぶりも見せなかったし、他のヒト蜘蛛アラクネもそうだ。彼女らに人間としての感覚はまったくなく、人間のようにも見える部分はそれ自体が<頭>でしかないので、羞恥など感じる理由がないんだ。


と、そこで俺とシモーヌは顔を見合わせて、


「まさか……!?」


揃って声を上げてしまった。同時に同じ考えが頭をよぎったんだ。


「<ヒト蜘蛛アラクネ>じゃなく、<クモ人間アラニーズ>ってことか……?」


そう。<人間に似た部分を持っているだけの獣>ではなく、<獣の姿をした人間>ということだ。人間部分に、シモーヌと同じように人間としての感覚がある可能性が高い。


「エレクシア! 出るぞ! この<ビアンカ>を保護する…!」


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