明編 厳しい現実

新暦〇〇二八年十一月二十一日。




うららはさすがにもうマンティアンの怖さを知っていたからえいには決して近付かないが、生まれてすぐに俺達のところにきたまどかえいを恐れてはいなかった。


恐れてはいないんだが、不思議と近付こうとはしない。パパニアンとしての本能がそうさせるんだろうか。


そしてそれは、えいにとってもありがたいことだったかもしれない。


えいは決してパパニアンを襲わないものの、急に目の前に飛び出してきたりされると、つい反射的に攻撃を加えてしまう可能性もあったんだ。これは、マンティアンにとっては必要な習性なので、責めることもできない。


そう言えば、めいが幼い頃にも、ほまれそう達が家の中を走り回ったりしていた時に、めいの前に飛び出してしまって一撃を食らうということが何度もあったな。


一度などは、ほまれが思い切りめいの鎌(まだ未熟だったとはいえ)に思いっ切り頭を挟まれて、


「ぎゃーっ!!」


と悲鳴を上げたことさえあった。


まあ普段から生傷の絶えないような暴れっぷりだったからその程度のことじゃ俺も驚かなかったが。


じんのことは不思議と避けてるような様子もありながらも、同じ<子供>ということで油断もあったんだろう。


そんなこともありつつ、俺達の<群れ>は平和だった。


だが一方で、外では当然のように厳しい現実が繰り広げられている。


マンティアンの赤ん坊が先祖返りを起こすと、そうするのが当たり前という形で母親に食われてしまう。


もちろん、野生の中で人間としての姿で生まれた子供が生き延びるのは元々難しいだろう。じゅんのような例は、ほぼ奇跡のようなものだと思われる。だからそういう形で生まれたその時に命を落とすのも、ある意味では救いなのかもしれない。


頭ではそう分かっていても、気持ちの上で納得ができないんだよな。


それがエゴでしかないのも分かっている。分かっていても無視できない。


そして、そんな俺のエゴが爆発する機会が巡ってきてしまった。


「イレーネ! 赤ん坊を救出しろ!!」


咄嗟の俺の命令に、イレーネは、弾丸のように密林へと駆け込んでいった。


俺達の家から五キロと離れていない場所で、マンティアンの雌が、先祖返りを起こした赤ん坊を出産したのを、ドローンのカメラが捉えたんだ。


すると俺の意を酌んだイレーネがドローンを操り、赤ん坊を食おうとした母親の邪魔をする。それを見て、俺も命令してしまったんだ。


助かるかどうかは分からない。イレーネが間に合うかどうかも分からない。


それでも、祈らずにはいられなかった。


『頼む…間に合ってくれ……!』


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