明編 提案

新暦〇〇二八年十月四日。




かくと相対した後も、えいはまだめいかくの縄張りにいた。さすがに一回で察して縄張りを出ていく例はあまりないようだ。


しかし、何度かそうやって追い払われるうちに『ここにはいられない』となって出ていくのだろう。


その間に、親に殺されなければだが。


さすがに殺してしまうところまで行くことはあまりないにしても、まったくないわけでもないらしいのが、恐ろしい。


そしてかくも、えいと顔を合わす度に、明確な殺意を持って詰め寄った。


その度に逃げるものの、このままではいつか本当に殺されてしまうかもしれない。


さくのこともあったばかりだというのに、それは本当に勘弁してほしいな。


しかも、ここまで十年ほど放っておいて今さらと思ってしまいそうになるのも正直なところではある。あるんだが、『次子が生まれる』という大きな状況の変化があったのが影響したんだろうな。


それでかくとしても、


『いつまでも見逃してはおけない』


って認識になったと。むしろここまで見逃してくれたことがある意味じゃ奇跡か。


と、かくから逃げたえいの前に現れた者がいた。


いや、正確にはえいが逃げた先に彼女がいただけなんだが。


えい様……」


イレーネだった。


メンテナンスを受けるためにコーネリアス号に<里帰り>しているメイフェアの代理でほまれ達を警護するために配置についていたんだ。


えいが近付いていることは、バイタルサインで既にイレーネの方は察していた。しかも、狩りをする時のような緊張感は発していないことも分かっていた。


だから、まるで散歩の途中でたまたま顔を合わせたかのように、穏やかな感じで出迎える。


えいの方も、彼女とはこれまでにも狩りの途中で何度も顔を合わせていたので、敵でないことは承知している。


むしろ、メイフェアよりも彼女に対しての方が警戒心は持っていないようだ。何となく近しいものを感じ取っていたのかもしれない。なにしろ、お互いに雰囲気が似ているからな。


淡々としながらも、周囲に対して攻撃的な気配を放っていないところとか。


メイフェアは朗らかな感じなので、まるでタイプが違うんだ。


そんなイレーネもロボットであり、ドローンからの情報は頻繁に受信しているので、事情は察していた。彼女の場合は特に、人工頭脳の一部が損傷している関係で、機能低下している部分を、他の機器(ドローン等)の人工頭脳の余剰部分を借りて補っているという面もあるから、常時接続状態なんだよな。


ちなみにそうやって処理しているのは、あくまで優先順位の低い、少々時間がかかっても問題ない情報なので、彼女と面と向かって話していても、応答にタイムラグを感じることはない。優先順位が高いものは本体で行っているからな。


それは、人間で例えると、脳の一部があちこち飛び回ったりしてる状態か。そう考えると少々不気味ではある。


まあそれは余談なのでさて置くとして、とにかく事情を察していた彼女は、えいに話しかけたんだ。


「キキキキキ、キキキキキ」


人間にはほとんど虫の声か機械の動作音にしか聞こえないそれは、意訳すると、


『私達のところにいらっしゃいますか?』


という意味になるのだった。


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