明編 迫

俺は、さくを死なせたくはなかった。確かにストーカー行為を繰り返す勘違い野郎だったかもしれないが、それは若くて未熟だったというのもあったんじゃないかと思うんだ。


ただ、これから経験を積んでいけば、立派なマンティアンになれた可能性だってあったと思う。


それなのに……


一切の手加減のない二度の頭突きを、それも二度目は意識が朦朧となった完全に無防備な状態で食らったさくの顔面は、およそ有り得ないくらいに陥没していた。


人間の拳でなら、おそらく空手の達人でさえ傷も付けられないであろうマンティアンの顔が、まるでトラックにでも突っ込まれたかのように。


だらんと開かれたさくの口からは、だらだらと泡混じりの血が流れ落ち、体はビクビクと痙攣していた。


こうなるともう、首筋などの表皮の固さは、人間が触っても柔らかいと感じるほどになり、マンティアンの強力な顎であれば容易く噛み砕くことができてしまう。


そこから先は、俺はもう見ることができなかった……




結局この結末を迎えるのであれば、早々にめいに殺されていた方が幸せだったんじゃないかと思ってしまう。そうすれば無駄に期待を抱くこともなく終われていたのかもしれない。


だが、どちらが良かったのかは、やはり俺には分からないんだろう。


それに、かくに出くわさなければこうはならなかったはずだ。


ただ、今回、かくの意表を突くくらいには、さくも強くなっていた。ということは、このままいけばめいがいずれ負けていた可能性だってなかったとは言えない。


だとすれば、ここで死んでくれた方が……


いや、死んでいい命なんてないんだということは、ここに暮らしていて改めて実感したんだ。どんな奴でも『死んでいい』というのはない。生きるか死ぬかは、本当に『たまたま』だ。


今回は、かくの方が強かったからこうなった。しかし、さくがもしもっと強ければ死んでいたのはかくの方だ。


たまたまかくが勝ち、さくが負けた。


それだけのことでしかない。


それだけのことでしかないはずなんだ。


なのにどうしてこんなに悔しいんだろう。


『ダメな子ほど可愛い』とはよく聞くが、さくに対してそういう感覚で見ていたのかもしれないな。


少なくとも情が移ってしまっていたことだけは間違いない。


何も残せなかったかもしれないが、お前は確かに精一杯生きたんだと思う。


さく……


もし、生まれ変わりなんてものがあるのだとしたら、今度は勝つ側になれるといいな。


おやすみ……


安らかに眠ってくれ……


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