明編 チャンス

新暦〇〇二八年九月二十二日。




今日も今日とて、さくめいの前に現れる。


それを冷たい目で彼女は睨み付けた。


ふい、と視線を逸らすと、さくはその隙を狙うかのように迫る。


が、さくの動きは完全に読まれていて、体を捻って鎌の一撃を交わすと同時に、突き上げるようにして顎に鋭い肘を食らわせる。


まさに<肘鉄>だな。野生のマンティアンにはあまり見られない攻撃だ。もちろん、肘も非常に硬く強力な武器だから当然使うんだが、使い方が違うんだ。普通は横から叩きつける感じなのが、めいのそれは下から突き上げるように打つ。


生身の人間が食らえば確実に顎がめちゃめちゃに砕かれ、下手をすれば頸椎骨折で死に至る恐ろしい一撃だな。


それでも、マンティアンの場合はさすがにすぐには死に至らない。その場に崩れ落ちるように膝をついても、すぐさま立ち上がろうとする。


そこにさらに、容赦のない前蹴りが、意識を上に向けたさくの死角から腹へと吸い込まれる。


これまた、人間なら内臓破裂ものだ。こんなものを食らっても死なないんだから、十分に化け物じみてるよ。みずちがくに比べればまだ一般的な生物の範疇には収まってるっていうだけで。


「……」


再び地面に膝をついたさくを、めいはやはり冷たく見下ろす。


普通に考えれば『脈がない』と分かりそうな気もするんだが、生き延びていることがある意味では<強さの証明>に当たる野生動物、とくにマンティアンの場合では、


『自分は死んでない。だから強い』


という認識になる場合もあるということなのかもしれないな。


いやはや、実に面倒臭い。


だが、ここに至ってもめいさくにとどめを刺そうとしなかった。あいつが諦めるまで何度でもぶちのめすということなのかもしれない。


冷徹に考えれば、若いさくはこの経験を積むことで強くなっていく可能性もあって、それはめいがいつか負けるという意味でもある。


今は彼女が強いからそれを認めてるさくも、彼女が自分に負ければ本能に従って食うかもしれない。


だから本当は、今のうちにとどめを刺した方がいいんだろうな。


けれど、めいはそうしなかった。しつこくつきまとうさくを何度でも退けた。何度でも、何度でも、何度でも。彼女の<技>の多彩さをただ見せ付けられる結果にしかならなかった。


でもそれは、さくにとっては次のチャンスがあるということにもなるんだろう。


しかし、やはり無限にあるわけじゃなかった。


さくが生き延びられているのは、あくまで相手がめいだったからということでしかないわけで、な。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る