誉編 マンティアン
地面を転がったもののすぐに体を起こし、再び身構えた若いマンティアンに対し、イレーネは左半身を前に出した半身に構え、その前に、真っ直ぐに指を伸ばした左手を剣のように掲げ、相対した。
掲げた左手越しに真っ直ぐにマンティアンを見詰めるイレーネの視線には、何の感情も気負いも込められていなかった。ロボットなのだから当然なのだが、恐ろしいくらいに冷めて淡々としたその目は、深淵から覗き込んでくるかのように超然としている。
義手である右手右脚は、日常的な作業には十分な性能を持つもののやはり戦闘には不向きで、イレーネもそれは承知しており、よほどのことがない限り使わない。
もっとも、普通の生物が相手ならそれで十分なのだが。いや、それでも過剰なくらいか。
しかし力の差がまだ理解できない未熟なマンティアンは、普通の動物相手なら必殺の威力を持つ両方のカマを前へと突き出し、飛び掛かるタイミングを測るかのように体を前後に揺らし始めた。
それはどうやら、獲物の<呼吸>を読む為の仕草らしい。呼吸を読むことで、反応が一瞬遅れるタイミングに最強の一撃を繰り出すのだ。
とは言え、やはり、それは呼吸している動物が相手ならばの話である。
呼吸などしないロボットが相手では何の意味もなかった。
「? …??」
明らかにまったく呼吸していないイレーネに戸惑いつつも、
「ギィッッ!!」
と一声発して奔った。相手がパパニアンなどであればそれで十分に倒せるだろう。
が、繰り出したカマの攻撃は容易く弾かれ、次の瞬間、逆に<のど輪>と呼ばれる喉への一撃を受け、マンティアンの意識が一瞬飛ぶのが分かった。
ガクンと膝が折れ崩れ落ちそうになったものの、さすがは密林最強生物の一角というべきか、地面に膝をつくより早く意識を取り戻し、踏み止まる。
だがもう、そこまでだ。たとえ一瞬でも意識を失っては、イレーネの姿は彼の前にはなかった。彼が再びイレーネの姿を捉えるよりも先に彼女は若いマンティアンの足を払ってバランスを崩させ、集中が乱れてできた、本来は装甲の如き頑強な皮膚の隙間の柔らかくなった部分に痛烈な掌打を浴びせたのである。
「ッゲアァッッ!?」
どこか金属音にも近い悲鳴を上げて、彼は今度こそ地面へと崩れ落ちた。
「ッハッ! ハ…ガ……アッ…!?」
横隔膜が痙攣しまともに呼吸ができないことで、パニックに陥ったのだろう。地面に突っ伏してビクビクと体を震わせた。
人間に近い肉体の構造を持つが故に、テロリストなどを制圧する時に用いられる<技>が通用してしまったということだ。
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