誉編 自然の循環

新暦〇〇二七年七月二十四日。




ひいらぎの存在は、立ち位置的に非常に中途半端で、正直、触れなきゃいけない理由がこれまでなかったんだよな。


実際、目立ったエピソードもなかったし。


だが、そんな<モブ>にも等しい彼にもちゃんと人生はあった訳で、しっかりと子供も残せてるし、決して無為な時間を過ごした訳じゃないんだろうな。


たとえドラマティックでなくたって、当人の人生においては当人が<主人公>だ。全員に触れてやれないのが申し訳ない。


それなりに力自慢だった筈の体はすっかりしぼんで、群れの仲間が美味いところを食べた後の、まだ十分に熟しきっていない硬い果実をしゃぶるようにして食べていた。顎の力も弱り、ガリガリと噛み砕けないんだろう。


同じように衰えてしまったしずかの姿も視界に入っているんだろうが、何を思っているんだろうか。


しずかよりは年下なこともあって彼女をイジメたりはしなかったが、同時に、絡むことも殆どなかったようだ。彼の好みではなかったらしい。


そしてこの日、眠っているうちにひいらぎは息を引き取っていた。


寝床にしていた枝から崩れるようにして地面に落ち、それに気付いたほまれが様子を見に行ったが、ある程度まで近付いたところでもう先には行かず、しばらく見つめていたかと思うと、そのまま樹上へと引き返していった。


自分にはもはやどうすることもできないのを確認したんだろう。


もちろん眠る必要がない上に常に群れの様子をモニタリングしていたことですぐに気付いたメイフェアも、改めてひいらぎのバイタルサインをチェック。死亡を確認した。


その後、ひいらぎの遺体は、匂いを嗅ぎつけたらしいボクサー竜ボクサーに引きずられ、いずこかへと持ち去られた。


こうして、ボクサー竜ボクサーをはじめとした他の生き物達の糧となり、彼も自然の循環へと還っていくのだ。


俺は、朝になってからメイフェアによる報告でそれを知ることになった。


「お疲れさん。ゆっくり休んでくれ……」


非常に簡単ではあるが、密林に向かって俺は黙祷し、彼の死を悼んだ。


気付くとシモーヌとひかりあかりじゅんも、手を合わせてくれてた。まあ、じゅんは単にひかりの真似をしているだけだろうが。


そのひかりの胸には、まどかの姿も。まだ生後二ヶ月ほどだが、既に自力で母親の体にしがみつくことができてる辺りが、やはり<普通の人間>とは違ってる。


体も二ヶ月ほどにしては明らかに大きい。


こうして新しく生まれる命もあれば、去っていく命もある。


そんな当たり前が、何事にも代えがたいんだろうな。


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