刃をそっとしておいてもらえたのは(ありがたかったな)

二時間くらいひそかと一緒にじんの墓の前で佇んで、酒を飲んで、日が傾き始めた頃、俺はようやく腰を上げた。するとひそかも、一足先に家に入る。


その時、ふわっと空気が動くのが分かった。その気配を俺はよく知っている。


ようだった。ようが狩りから帰ってきたんだ。だが、いつもはそのままローバーの上に作った自分の巣に戻るのが、何故か今日は俺のそばに降り立った。しかも、甘える時にしかやらない、俺の首筋に自分の頭を擦り付ける仕草をしてみせた。


そうか。彼女も何か察したんだな。当然か。ここ一週間ほど、じんにかかりっきりで光莉ひかり号の中に入り浸ってたしな。


もっとも、『かかりっきり』といったところでじんの方は何もさせてくれなかったから、単に傍にいただけではある。


ただ、最後の時間に傍にいられたことは良かったと思う。彼女らは自然の中で誰にも看取られずに死んでいくことがむしろ当たり前だから別に気にしないのかもしれないにしても、むしろ俺の方がそういう形で彼女を一人で逝かせたくなかっただけであってもな。


じんがいなくても、毎日は変わらず過ぎていく。だがせめて俺達だけでも彼女がいたことを覚えていてやりたい。


もしかしたらようも覚えていてくれるだろうか。本来なら決して一緒に暮らすようなことがなかったじんのことは、印象的に覚えててくれるかもしれないな。


さらに夜には、ふくじんの墓の前でぼんやりと立ち尽くしてるのも確認された。まさか墓を掘り返して食べたりしないよな?と思ったが、万が一そういうことがあったとしても、彼女を責めるつもりはなかった。


れんを食べてしまったしんのこともあるように、彼女らは俺達とは違う。違うということを受け入れられてたからこそ俺達は一緒に生きてこられた。


もしふくじんを食べてしまったら、それはじんふくの生きる糧になったということだから、決して無駄になる訳じゃない。


なんて覚悟を決めてたが、ふくはただ、墓の前で立ち尽くしていただけだった。


何かを感じ取っていたのかもしれないものの、彼女が何を感じていたのかは俺には分からない。ただ分かっているのは、彼女は墓を掘り返したりはしないで、そのまま密林の中に狩りに出かけてしまったということだ。


これは、不思議と、しんさいりんも同じだった。そこに眠ってるものはそっとしておいた方がいいと思ってくれたんだろうか。それともただ単に、彼女らの本来の生息地にはいないから食べようという気にならないだけか。


それがどちらにせよ、じんをそっとしておいてもらえたのはありがたかったな。


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