機会があることは(悪いことじゃないと思う)

あかりに手伝ってもらって何とかひかりのTシャツを着たじゅんは、満足そうに自分の体を覆うTシャツを眺めていた。しばらくそうしてたかと思うと今度は裾の辺りを手で掴んで自分の鼻に寄せ、ふんふんと匂いをかぎ始める。


洗濯しても落ち切らなかったそれか、もしくはひかりが自分でTシャツを干した時の移り香か、とにかく微かに残った彼女の匂いを味わってる感じか。


人間がこれをやると正直ドン引きものだが、まだあどけなさの残る彼がする分には、まるで母親の匂いに包まれていることに安堵しているようにも見えるから不思議だ。


ただし、下半身は丸出しなので、そういう意味では大変にヤバい絵面ではあるが。


しかしそれからすぐ、


「ほらほら、服を着るんなら下も着なきゃ。それじゃヘンタイさんだよ」


言ってることは辛辣なものの、しかし<優しいお姉ちゃん>っていう雰囲気が漂う振る舞いに、俺も頬が緩む。


そして見る間に、上はひかりのTシャツ、下は同じくひかりのキュロットパンツを身に付けた、一見するとあかりと似た感じの<ボーイッシュな女の子>が出来上がった。


じゅん自身、決して垢抜けてはいないものの思った以上に整った顔立ちをしているので、いわゆる<男の娘>にも見えなくもない。


「すっごい! すっごいよ、じゅん♡」


あかりが跳びはねんばかりにテンションを上げて喜ぶ。たぶん、『すごく可愛い』ということなんだろう。


じゅんの方もまんざらでもないようだった。もしかすると自分に体毛がなくて体がむき出しなことを多少は気にしてたのかもしれない。


それがどうだったにせよ、思いがけずすんなりと服を着てくれたことはある意味ではありがたかった。さすがにいつまでも裸でいられると絵的にいろいろマズいし。


日が暮れて調査から帰ってくると、ひかりが自分の服を着たじゅんを見て「あ…っ」と小さく声を上げた。しかしそれは、自分の服を勝手に着られたことに怒ったとか、そういう感じじゃなかった。


と言うか、僅かに顔が赤い…?


まさかと思うが、<男の娘>好きだったか? いや、単に可愛いのが好きなだけかもしれないが。


なんにしてもひかりの方もまんざらでもない様子に、


『これは嬉しい誤算だな』


などと思ってしまった。


これでどうやらもっとじゅんのことを意識してくれるようだ。


人間社会では伴侶を持って子供を持つことが必ずしも幸せとは限らないにせよ、他ならない俺自身が、今、こうやって家族を持つことを幸せに感じてるからな。ひかりにももしそのつもりがあるのなら、機会があることは、単純に喜ばしいことだと思うんだよ。


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