囮の九日目-2
市民体育館の中にレイピアと日本刀が交わる音が響く。防音処理がしっかりしている体育館では中の音が良く響き外で聞く音よりもしっかりとした音が聞こえる。
ステージを降りた所でアルテアがリディアを引き付けている間に、ヴァルハラは拳銃から魔弾を弾き出す。弾き出された魔弾は輝きながら糸を引くように空気を切裂いてリディアに向かって行く。
「甘いわね!」
アルテアに対応しながらも隙を突いてヴァルハラの放った魔弾をレイピアを弾き、防御すると何事もなかったかのようにアルテアの方にレイピアを突き出していく。
針の穴に糸を通すようなリディアの刺突をアルテアは首を捻って回避する。さっきまで首があった所に残った髪がレイピアに突かれ、アルテアの絹のような黒髪が数本宙を舞う。
「二対一で勝てると思ってるんですか? 私たちはそんなに弱くないですよ」
レイピアを避けたアルテアがリディアの横を通り抜ける時に怒りに満ちた声を上げ、後ろからリディアを一刀両断する。リディアの体が頭から真っ二つに切裂かれた。
だが、それはリディアの残像だった。本物のリディアはアルテアが攻撃してくるのを読んで、日本刀が振り下ろされる前に高速で移動し、残像をその場に残していたのだ。
体育館で行われる二人の戦いは演武を行っているように見える。お互いに放つ一撃は当たれば確実に相手を殺すもので、鬼気迫った攻撃を避ける事が余計にあらかじめ決まった動きのように見えた。
「逃がさん!」
リディアが避けた場所にヴァルハラが光の弾を何発も打ち込む。あらかじめアルテアと打ち合わせをしていたのか、即興で合わせたのか分からないが、リディアがその場所に来るのが分かっていたようなタイミングだ。
ヴァルハラの放った光の弾は体育館の床に着弾し、木の破片と共に埃が舞い上がる。これで勝負が決まってくれていれば楽だったのだが、それはあまりにも楽天的な考えだった。埃が治まった後にはステージに大きな穴が居ていたが、そこにリディアの姿はなかった。
一体どこに行ったのか体育館を隈なく探すが体育館にリディアの姿はどこにもなかった。
「危ないわね。もう少し反応が遅れていたら死んでいた所じゃないか」
体育館の天井の方から声が聞こえてきた。そちらに目を移すると天井の照明にぶら下がるリディアの姿があった。どうやら光の弾が着弾する寸での所でジャンプして天井に逃げたようだ。
僕なんかではとてもジャンプをした所で届きそうもない天井までの高さは四メートルほどあるだろうか。照明から手を離したリディアは穴の開いてしまった所を避け、ふわりと降りると音もなく床に戻ってきた。
「そのまま殺やれていれば楽だったものを。わざわざ苦しんで死んでいく事はないのですよ」
「何だいその言い方は? もしかして私に勝てるとでも思っているのかい? だとしたらどれだけ頭の中がお花畑なのか見てみたいね」
カチンときたのかアルテアは無言でリディアに向かって行く。袈裟斬りに振り下ろした日本刀からは怒りの混じった風斬り音が聞こえてくる。リディアは紙一重で躱したのだが、そこにヴァルハラも銃剣で加勢する。
アルテアとヴァルハラの攻撃をレイピアを上手く使いながらリディアは避けて行く。僕が見た感じでは剣術としての腕はアルテアたちの方が上なのだが、リディアは反射神経だけで躱しているようだ。
余裕の笑みさえ浮かべるリディアに二人掛かりで攻撃するアルテアたちだが、その姿を捉える事はなかなかできない。
「ハハハッ! 人族の実力なんて所詮はこの程度か。何人いた所で私の相手じゃないね」
高速で移動するリディアが反撃を始める。刺突が主なレイピアだけでなくもう一方の手にはダガーが握られており、レイピアで刺突攻撃をした後、近寄ってしまった時はダガーで攻撃し、遠近両方で攻撃できるようにしている。
スピードに翻弄されるアルテアたちは攻撃を防ぐだけで反撃をする余地がない。リディアは一カ所に留まる事をせず、常に動いているので的を絞れないのだ。
体育館の端の方に目を向けるとストーカーが何やら手を動かしながら体を左右に振っている。何をしているのかと思って暫く見ているとどうやらリディアを操作している感覚になっているようだ。
リディアの動きに合わせて体を避けたり攻撃する時に右手でボタンを連打するような動きをしているため間違いないだろう。
「あいつまたあんなことやってる。私と戦ってる時もやっていたのよ」
そうか。僕が逃げた後、鷹木たちは戦っていたんだ。
「ねぇ、あれだけ無防備だったら私たちで倒せるんじゃない? いつもヴァルハラたちに戦わせてるから私たちもできる事をしましょうよ」
それは僕も賛成だ。あれだけ無防備に戦いを見入っているなら後ろから周ればストーカーを倒せるんじゃないだろうか。ストーカーを倒せばこの戦いに勝つ必要はなく逃げてしまえばリディアは再契約できず離脱するかもしれない。
「私も前の時それでストーカーを倒そうとしたんだけど『ギフト』を使われて倒せなかったわ」
何だと? ストーカーも『ギフト』を使えるのか。もしかして鷹木も『ギフト』を使えるのか? だとしたら本当に『ギフト』を使えないのは僕だけじゃないだろうか。
「何? 釆原君は『ギフト』が使えないの? 私はシルヴェーヌがいなくなったからまだ使えるか分からないけど、前は使えたわよ」
マジですか。これは本気で苦情を言っても良いような気がする。残念な事にその窓口がどこなのかは知らないが。
「紡の事は置いておいて、そのストーカーはどんな『ギフト』を使うの?」
「物質の硬化よ。私の時はシャツを硬化させて包丁を防いでいたわ」
シャツを硬化させて包丁を防いだのか。それだとストーカーを倒す事なんてできないんじゃないか? どこを攻撃しても防がれてしまってはほぼ無敵じゃないか。
「硬化の適用範囲は私もよく知らないけど、シャツって言ってた以上、全身を硬化させてる訳じゃないみたいよ。私が攻撃した時もわざわざ後ろを硬化させていたって言ってたから」
それなら前から攻撃させると思わせておいて後ろから攻撃をすればもしかしたら倒せるかもしれないな。そうなると誰かがストーカーの前に出て気を引き付ける必要がある。所謂、囮と言う奴だが……、僕がやるしかないよな。
「その囮なら私がやるわ。鷹木さんと紡でストーカーに近づいて倒してちょうだい」
針生が自分から囮をやると名乗り出たのには驚いた。てっきり強引にも囮役を僕に押し付けて来るもんだと思ってたから。
「失礼ね。私の『ギフト』じゃ物理攻撃は防げないから遠くで囮になっていた方が安全なのよ」
その理屈だと『ギフト』を持て居ない僕はやっぱり危険なんじゃ……。おっと、針生さんの顔が険しくなってきたからこれ以上はいけない。
となると僕と鷹木が後ろから周ってストーカーを倒す役になるのだが、どうやってストーカーの後ろに回り込むかだ。これだけ見晴らしのいい体育館だと見つからずに後ろに回るのは難しいだろう。
「私の『ギフト』がまだ使えれば大丈夫なんだけど、ちょっと『ギフト』を使ってみるわね」
鷹木が『ギフト』を使用するが特に変わった様子はない。針生みたいに膜が出るとか言う物ではないらしい。だが、一瞬アルテアたちの戦いの方に目を向けると僕は鷹木の存在を忘れてしまった。
鷹木が僕の目の前に移動してきた事で僕はやっと鷹木が近くにいた事を思い出した。
「どう? これが私の『ギフト』よ。私の『ギフト』は隠密化だからストーカーの視界を一度外せば見つかる事なく後ろに回り込む事ができるわ」
凄い。針生の魔力障壁と言い、鷹木の隠密化と言い、非常に便利そうだ。どうして僕には『ギフト』が貰えなかったのか疑問で仕方がない。
「凄いわね。私も鷹木さんが居るのを一瞬忘れてしまったわ。一度隠密化してしまえば紡から受けたセクハラの憂さ晴らしなんてし放題じゃない」
針生さん、それは色々使い方が間違っているような気がするし、そもそも僕はセクハラ何てしていない。そして鷹木さん、その手があったかと言った表情をしないで欲しい。
「鷹木さんの『ギフト』って紡にも効果が適用されたりするのかしら?」
自分の発言を放置し、針生が鷹木の『ギフト』の効果範囲を確認するが、鷹木にもどこまで適用されるのかは分からないらしい。
「まあ、やってみればわかる事ね。鷹木さん、紡の手を握っ……」
針生がすべて発言する前に鷹木が僕の手を握ってきた。いきなりの事にびっくりして手を離してしまいそうになるが鷹木はぎゅっと握り手を放してくれない。
「コホンッ! 異常に反応が早かったわね。今は良いわ。鷹木さん『ギフト』を使ってみて」
鷹木の『ギフト』は見た目では分からないのだが、どうやら使用したようだ。それを確認すると針生はアルテアたちの戦っている方に目を向けた。
針生は僕たちが居る事を忘れてしまっているように戦いに見入っている。どうやら手を繋げば鷹木の『ギフト』は僕にまで適用されるようだ。
ん? 待てよ。今、針生は僕がここに居る事を分かっていないんだよな。それなら今まで散々いじめられてきた恨みをここで晴らせるのではないか?
小学生みたいだがスカートを捲り上げてやろうとスカートの端を掴んだ瞬間、鷹木が針生の視界に入る位置に移動して僕の手を離した。
――っ!!
無事に針生は僕たちが居た事を思い出したようで、スカート捲りをしようとしていた僕の姿を見つけるとスピード、角度、威力、全て
「人のスカートを掴んで何しているのよ! そんなに私のパンツが見たいの? 女性が居る隣の部屋で寝て欲求不満になったの? スケベ! 痴漢!」
散々な言われようだった。蹲る僕に鷹木は針生から隠れるように舌を出し、ざまあみろと言った表情をしている。
「あの変態の事は放っておいて『ギフト』は無事に使えるみたいだし、周りにも影響があるみたいね」
完全に足にきている僕の事を放置して針生は鷹木と話を進める。でもこれで効果が確認できた。これでストーカーの後ろに回り込む算段が付いた。後はストーカーを倒すための武器なのだが。
「それなら後ろに回り込んだ時にストーカーの持っている紙袋から包丁を抜き出せば武器になるはずよ」
確かにこの前、動物園で鷹木が襲われた時も紙袋から包丁を取り出していたな。それなら武器は後ろに回り込んでから調達する事にしよう。
「あら? 紡、そこに居たの? ミジンコかと思ったわ」
どうやら針生さんの怒りは収まっていないようだ。僕を見る目が冷たい。冷たいというか完全に人間を見るような眼ではない。
「へぇー。人間扱いされたかったんだ。ミジンコの癖に?」
駄目だ。針生の怒りが収まらない。どうする? 針生の好きな物で機嫌を取るか? なら何が良い? 頭を捻ると針生のお弁当に入っていた物を思い出した。
針生の前に行き、背筋を伸ばす。しっかりと針生の目を見ると針生は少し照れているようだ。
「針生さん、今度僕のウィンナーを食べてください」
その言葉に針生の顔が真っ赤になる。鷹木も唖然とした表情をしているが何故だ? お弁当に入っていたウィンナーを食べてもらうのにどうしてそんな顔をするんだ?
「死になさい」
冷たい一言の後、再び針生のボディーブローが突き刺さる。流石に耐えられなくなり、床に悶絶する。おかしい。針生はウィンナーは好きだったんじゃないのか?
「さっ。鷹木さん。この馬鹿を連れて行ってちょうだい。これ以上遊んでいても仕方がないわ」
針生の迫力に負けたのか鷹木も二度ほど頷くと素直に『ギフト』を使用し、隠密化状態になった。倒れている僕の手を握り、これで僕も隠密化が適用されるはずだ。
針生には僕たちが後ろに回り込むまではここで僕たちから目を離さないようにしてもらう。目を離してしまえば僕たちの事を忘れてしまい、合図が送れなくなってしまうからだ。
手を繋いで体育館の壁際をヨロヨロと進んでいく。体育館の中央でアルテアたちが戦っているが、それを横目で見ながら進む。アルテアたちも僕たちの存在を忘れているので間違ってこっちに流れ弾が飛んでこないか心配になる。
視界に入ってしまっては拙いと思い、姿勢を低く進んでいくが、姿勢を低くした態勢だと非常に手が繋ぎにくい。鷹木も同じように思っていたようで徐に僕に近づいて来ると背中に乗ってきた。
屈んだ姿勢で背中に乗られたため思わず声が出そうになるが、素早く鷹木が僕の口を手で抑えることで声を出さずに済んだ。どうやら鷹木に触れてさえいれば『ギフト』の効果は出るようで、手を繋いでいる必要はないらしい。
おんぶをした鷹木は意外と重……。と考えた所で鷹木に頭を殴られた。どうやら鷹木は隠密化の他に人の考えている事が分かるのではないか?
何とか鷹木をおんぶしたままストーカーの真後ろまで来ると紙袋の中から包丁を抜き出す。ストーカーは戦いに夢中で更に『ギフト』を使っている事で僕たちには全く気付いていない。
紙袋に入っていた包丁は一本ではなく二本入っていた。このストーカーは紙袋に何本も包丁を忍ばせて一体何をする気だったのだろう。
包丁を抜き出した僕たちは少しストーカーから離れ、すぐに視界に入らないように低い態勢のまま針生に合図を送る。舞台袖で僕たちの動きを目を離さず見ていた針生は頷くと体育館の端を走ってこちらに向かってきた。
鷹木の『ギフト』の効果がない針生なら見つからずにこちらに来る事はできないので、一気に走り抜ける方法を取ったようだ。
針生の動きを見てヴァルハラがリディアとストーカーの間に位置し、リディアがすぐにこちらに来れないようにする。僕たちが何をやろうとしているのか正確には分かっていないのだろうがサポートする動きをしてくれるのは助かる。
無事にストーカーの近くまで来た針生は舞台袖から飛び出すときに持ってきたモップを構える。モップでどうにかできる訳がないが囮としてはそれでも十分だ。
「貴方! 覚悟しなさい!」
リディアを操作している感じを邪魔されたからだろうかストーカーは不機嫌そうに針生の方を向く。
「な、な、なんだ、なんだお前は。ぼ、僕の、僕の楽しみの邪魔をして!」
針生がモップを持っていた事でストーカーは危険を感じたのか足元にあった紙袋の中から包丁を取り出そうとする。だが、紙袋の中の包丁は僕が二本とも抜き取ってしまったので、中には包丁は入っていない。
紙袋をひっくり返して確認すると鷹木の写真やコンサートとかで売っていたであろうコップとかのアイテムが床に散らばった。正直、その量に軽く引いてしまった。後ろにいる鷹木に顔を向けると私は知らないと言った感じで顔を振るがどの小物にも鷹木の写真とかが印刷されているので関係ない事はないだろう。
本来ならここで僕がストーカーを攻撃する手筈なのだが、針生はそんな作戦を忘れているのかストーカーに向かって襲い掛かった。
ストーカーの元まで走って行くとモップを大上段に構え、床にぶちまけた荷物の中から包丁を探しているストーカーの頭に振り下ろした。ストーカーが咄嗟に頭を守るように腕を差し出すとモップはその腕を叩いた。
あれだけの勢いでモップを振り下ろせば腕が折れてしまっても不思議ではないのだが、折れてしまったのはモップの方だった。
「えっ!? 嘘!」
真っ二つに折れてしまったモップの柄を見つめながら針生は驚きの声を上げる。鷹木の言った通りストーカーも『ギフト』を使用してモップの攻撃を防いだのだろう。
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