休みの七日目-3


 荷物を置いた僕は最初に何処に行こうか迷ってしまう。何せアミューズメントパークなんて子供の頃に母さんに連れて来てもらった時以来なのだから。

 今回の主役はアルテアだ。アルテアを楽しませるためにここに来たのだから行きたい所に行かせてあげよう。アルテアは色々ある施設を見渡すと、一つの乗り物を指さす。僕が指された方を見るとそこにはメリーゴーランドがあった。


「元の世界では良く馬に乗っていました。こちらでは乗る機会がないので乗ってみたいです」


 馬ってこちらの世界では楽だからだったり速かったりするから乗る訳だよな? だとするとアルテアの世界の馬はどれぐらいのスピードで走るのだろう。あのアルテアのスピードより速く走る馬がいるならそれはもう音速を超えてしまうのではないか。


「いいえ。馬はそこまで速くないですよ。走るのよりは楽だったり、大きな荷物を持ってもらうために乗ると言う感じですね」


 なるほど。馬の使い方自体はこちらの世界とそれほど変わらないのか。

 楽しみにしているアルテアには悪いが、メリーゴーランドでは本物の騎乗とは全然違うと思う。だが、アルテアが乗りたいと言っている物を拒否する訳にもいかないので、僕たちは幼児たちばかりが並んでいるメリーゴーランドの列に並んだ。

 小さい子供たちの列に良い年齢の男女が並ぶのは恥ずかしかったが、すぐに順番が回ってきた。アルテアは意気揚々と馬に乗り込むと意外と楽しそうだったが僕は周りにいる保護者の視線が気になって仕方がない。


「あの馬は大人しかったですね。何も指示していないのに動き出したのはびっくりしましたが面白かったです」


 メリーゴーランドを楽しんだアルテアがもう一度乗りたいと言ってくるが、他にも色々あるから他の物を試してみようと説得する。これ以上保護者の視線を浴びるのはきつい。

 その後、ジェットコースターや色々な乗り物に乗ったりしたが、元々昼過ぎに来たのでそれほど多くの乗り物に乗る事はできなかった。

 日も暮れ始めた頃、最後と言う事と帰る前に少し休んでいきたいという気分になったので、観覧車に乗る事になった。


 二人で観覧車のゴンドラに乗り込むと向かい合うように座る。ドアが閉められ、ゆっくりとだが上に上がっていく。観覧車の中からはアミューズメントパークのイルミネーションが見え、その光はゴンドラの中を照らしていた。

 ゴンドラが頂上の半分ぐらいまで登るとイルミネーションの光がゴンドラの中に入って来なくなり、暗くなった密室に二人だけという状況になった。

 僕の脳裏に今朝の事が浮かんできた。あの時も部屋の中で二人きりだったが、こんな緊張はしなかった。ただ、あの時はお互いが裸という緊張感はあったが。

 さっきまでなら何も考えなくても出て来た言葉が出てこない。それはアルテアも同じようで、何を話して良いか分からず沈黙をしてしまっている。

 静かなゴンドラの中、僕の心臓は緊張で激しく動いており、もしかしたら音がアルテアにまで聞こえてしまっているのではないかとさえ思えてくる。

 何かを話そうとしても中々声が出て来ず、僕は魚のように口をパクパクさせてしまう。


 暗かったゴンドラの中に観覧車自体のイルミネーションが差し込んでくる。観覧車の内側に座っていた僕の後ろからの光は暗闇の中にいたアルテアを照らし出す。

 俯いていたアルテアは光が当たった事を感じたのかゆっくりと顔を上げる。この瞬間、激しく動いていた僕の心臓は逆に止まっていたのではないだろうか。あれほど煩かった心音が全く聞こえてこない。

 顔を上げたアルテアの瞳に僕が映りこんでいる。僕の姿はアルテアに捕らえられてしまった。僕の心はアルテアに捕らえられてしまったのだ。


「アルテア。好きだ」


 無意識の内に僕は言葉を発した。その言葉は地球を一周してから僕の耳に入ってきたと思えるほど遅れて僕の耳に届いた。自分が何を言ったのか理解した僕は両手を振って訂正しようとするが訂正するのもどうかと思ってしまう。

 アルテアは驚いたような表情で目を見開いていたが、落ち着いたのか柔らかい笑顔を浮かべる。だがその表情は憂愁の影が差しているのが見ていてわかる。


「ツムグの気持ちは嬉しいですが、ごめんなさい。私はここに戦いに来たのです。それに私には心に決めた人がもう居るのです」


 それはアルテアの記憶の中で言っていたおっさんの息子さんの事だろうか。いや、そんな事より僕はなんで好きと言ってしまったのか。そんな事は言うつもりはなかったのだが。

 確かにアルテアには普通の女性以上の繋がりを感じる。でもそれが好きとか嫌いとかそう言ったものではなかったはずだ。


「記憶? 私の記憶を見た――と言うのですか?」


 見たというより見てしまったと言った方がより正確だ。見るつもりなど欠片もなかったが、いつの間にかアルテアの記憶の中に入り込んでしまっていたのだ。


「そうですか。私はチャッピーとチャッピーの息子さんと結婚する事を約束しました。小さい頃の約束なので無効だと言われてしまえばそれまでですが、私は今もその思いを大切にしているのです。そして何より私はここに戦いに来ている。この戦いを勝ち抜くまでそう言う事は考えられないのです」


 やはりアルテアは記憶の中でおっさんと約束をした事を大切に守っているようだ。子供の頃にはままある、「○○ちゃんと結婚する」と言う感じの約束とは違う心に決めた事なのだろう。

 ゴンドラが上に登った事でアルテアを照らしていた灯りが入って来なくなり、再びゴンドラの中は闇に包まれたように暗くなった。


「それにしても変な感じですね。自分の記憶が覗かれると言うのは」


 闇の中からアルテアの声が聞こえてくる。声には少し照れが入っており、恥ずかしさを隠しているように思えた。恥ずかしさを紛らわすために横を向いて外の景色を眺めると、アルテアも同じタイミングで外の景色を眺めた。

 ゴンドラがちょうど頂上に着いたタイミングだったので僕たちの眼下にはイルミネーションで輝いているテーマパークと、夜の営みを開始した街の灯りが、三百六十度のプラネタリウムのように見えた。


「ツムグ、今日は色々と楽しませていただいてありがとうございます。明日からまたレガリア争奪戦になると思いますが協力してくれますか?」


 アルテアの差し出した手を僕は優しく握る。変な事を言ってしまったが、当然協力は続ける。アルテアがレガリア争奪戦を勝ち抜く事は僕にとっての目標でもあるのだ。

 それからゴンドラが下に着くまでの間、僕たちは雑談に花を咲かせた。あれだけぎこちない感じだったのが嘘のように話ははずみ、ゴンドラは下に到着し、観覧車の終わりを知らせる。

 アミューズメントパークを出る時には中天に月が出ており、昼間の温かさは過去の物となっていたので、僕は早速買ったダッフルコートを着て帰路に就く。

 帰り道にスマホを確認すると針生がもう少ししたら僕の家に来るとメッセージが入っていた。後少し歩けば家に着くので針生が家に来る頃には僕たちは家に着いているだろう。

 その事をアルテアに伝えると表情が急に引き締まった。だが、体の方は正直でアルテアのお腹から獣の呻き声のような音が聞こえてきた。


 家に着いた僕は針生が来る前に食事を終わらそうと簡単に出来る料理を考える。冷蔵庫に白菜と玉葱があったので、鶏もも肉のクリーム煮を作る事にする。

 鶏もも肉は一口大に切って塩、コショウをしておき、フライパンでバターを溶かすと玉葱がしんなりするまで炒め鶏肉を加えてさらに炒める。

 更にバターを加え、白菜の芯を炒めると、薄力粉を加えよく炒め合わせ、牛乳を加えかき混ぜる。白菜の葉を最後に入れて煮込んだ後、塩、コショウで味を調えれば完成だ。

 これだけだと少し物足りないので作っている途中で茹でていたスパゲッティの上からかけ、スパゲッティソースとして利用する。

 早速アルテアの所に持って行き、食べ始めたのだがアルテアはフォークの使い方に悪戦苦闘していた。箸は上手く使えるのだがフォークは難しいようだ。

 家で食べる食事なのでマナーがどうとか言う気もないので僕はアルテアに箸を渡すとストレスなく食べ始めた。


「このパスタとか言う物は始めた食べたのですが面白いものですね。蕎麦みたいなのですが全然味が違う」


 見た目は似ているかもしれないが、原材料が違っているので味が違うのは当然だろう。ちょうど僕たちが食べ終えた頃に針生が家にやって来た。

 イタリア料理の後に日本茶と言うのも少し変な気がしたので紅茶を淹れている最中だったので、針生の分も一緒に淹れる事にする。


「あら? 準備が良いわね。私が到着してすぐに紅茶が出て来るなんて紡の調教も順調のようね」


 悪いが僕は針生に調教されたから紅茶を用意している訳ではない。パブロフの犬みたいに条件反射で紅茶を淹れている訳ではないのだ。

 それはそうと今日は何の用事なのだろう。わざわざ僕の家に来ると言う事は新たに憑代ハウンターでも見つけたのだろうか。

 今わかっている憑代ハウンターは僕、針生、赤崎、釼、藪原さん、鷹木、ストーカーの六人だ。これにさらに一人見つかったとすれば後二人と言う事になる。


「ん? 私は最後の三人の事は知らないわよ。鷹木さんてあの元アイドルの鷹木さん?」


 そうか。針生には言ってなかったのか。僕は針生に言ってなかった事を謝罪すると針生は溜息を吐きながらも僕に説明を要求する。

 僕は簡単だが針生がいなかった時に起こった事を説明する。説明を聞いた針生は眉間に皺を寄せて厳しい表情をしている。簡単に説明してしまったので理解できないのだろうか。


「別に理解できてない訳じゃないわよ。ちょっと気になった事があっただけ。その藪原さんって人の使徒アパスルはヴァンパイアだったのよね?」


 アルテアにも確認を取るが、間違いないようだ。


「実は今日、ここに来たのは釼がある使徒アパスル憑代ハウンターになった事を教えようと思ったからなのよ」


 釼はシェーラの憑代ハウンターだったはずだ。それが違う使徒アパスルと契約なんてできるのだろうか。


「基本的にはできません。なぜなら契約をしようとしても波長が合わないですから。でも、ヴァンパイアは別です。従僕化してしまえば強制的に波長を合わせる事ができます」


 なんだその能力。そんな事ができればアンは強制命令権インペリウム憑代ハウンターを変える事で無限に使えるじゃないか。


「えぇ、その通りです。その代わりと言う訳ではないですが、ヴァンパイアの強制命令権インペリウムを使った攻撃は本来、そこまで強いものではないのです」


 確かアンはガーゴイルを召喚していた。五体もあんなのを召喚できても他の強制命令権インペリウムよりも弱いと言うのか。


「本来は五体も召喚出来ないはずです。五体も召喚できた理由は――」


 無関係な人を襲って魔力の補充をしたから――か。なんて奴だ。そんな事ができればさらに無関係な人が襲われてもおかしくはない。


「そう言う事。だから私は次の目標をヴァンパイアにしようと思うんだけど、どうかしら?」


 僕としても藪原さんの仇は討ちたいのでアンを標的とする事に異論はない。アルテアも強い意志を持った目で僕を見て来ているので同意してくれているのだろう。


「じゃあ、決定ね。それにしても鷹木さんまで憑代ハウンターだったのは意外ね。仲間になってくれる雰囲気はあったの?」


 どうだろう。アルテアを一緒に探してくれたりしたから可能性がない訳じゃないと思うけど。


「何よその曖昧な言い方。何としても仲間になってもらうのよ。頑張りなさい」


 頑張れと言われても僕ができる事なんて多くないしな。スマホのメッセージアプリを確認してみるが、僕がメッセージを送ったっきり鷹木からの返信は来ていなかった。


「じゃあ、私はこれで帰るわ。紅茶有難う」


 そう言って立ち上がった針生はもう帰ってしまうようだ。もしかしてこの事を言うためだけに僕の家に来たのだろうか。


「そうよ。こんな話、メッセージアプリでしても上手く伝わらないでしょ。それに会って話したからこそ紡が他の憑代ハウンターと会ってたことも分かったしね」


 確かにメッセージアプリで情報を交換していれば、僕は鷹木が憑代ハウンターだったことをまだ伝えてなかったかもしれない。


「明日、また作戦会議をしましょ。夕方ごろにここに来るわ」


 そう言うと針生はヴァルハラに抱えられて家に帰って行った。どうやらヴァルハラをタクシー代わりに使っているようだ。まあ、速いし安全だからその気持ちも分からないでもないけど。

 針生が帰った後、僕は少しだけアルテアと話をした。アルテアが居なかった時の事を話してなかったからだ。


「なるほど。私がいない時にそんな事があったのですか。申し訳ありません」


 アルテアが頭を下げてくるが僕は慌てて頭を上げてもらう。藪原さんの事に関してはお互いの感性が違っていただけなのだから。


「ツムグの話を聞く限り、シルヴェーヌはエルフで、リディアはハーピーですか。戦いの最後まで見てはいないのですよね?」


 僕も見れる物なら見ておきたかったが、標的とされてしまっていた以上、逃げるしかなかった。それにアルテアを少しでも早く探したかったし。


「相手の種族が分かっただけでも大手柄です。普通に考えればシルヴェーヌの方が有利ですが確認する必要がありますね。ありがとうございます。ツムグ」


 アルテアはそう言って笑みを浮かべてくれた。アルテアも回復したばかりなので今日はこれぐらいにして、明日針生が来た時に話そうと言う事になり、僕たちは休む事にした。


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