第二一八編 彼の告白は終わった

「(とはいったものの、さてどうしたもんかな……)」


 自分のために行動する、などと思い立って教室を出てきたはいいが、俺は早くもどうしていいのか分からなくなっていた。

 そもそもよく考えたら、行動原理が桃華ももかたちのためだろうが自分自身のためだろうが、結局この現状を打破しうる手段がないという現実は変わらないじゃないか。昨夜一晩夜通し考え抜いても妙案の一つさえ浮かばなかったというのに、「よっしゃ、自分のために頑張るか!」と意気込んだところで急に素晴らしいヒラメキが降りてくるはずもない。

 結果――俺はいきなり教室を飛び出しておきながら、ウロウロと行き場なく廊下を彷徨さまようばかりだった。


「(桃華と真太郎しんたろうの告白を邪魔せず、なおかつその後も気まずい関係にならずに済む方法、ねえ……)」


 自分で言うのもなんだが、そんな都合の良い展開が果たしてあり得るのだろうか。

 それは言うなれば、俺が桃華に告白してフラれた後日、真太郎から「悠真が桃華にフラれたのは知ってるけど、でもこれからも僕らは仲良しだよね!」といつものイケメンスマイルで言われるようなものでは? おいおい、そのシチュエーションだと真太郎を殴らずにいられる自信はないぞ、俺は。むしろ積極的に殴りたくなる。

 ……まあ流石にこれは極端な例だが、しかし俺がやろうとしていることとはつまりそういうことなのだ。


「(い、いや待て俺。まだ二人の告白が上手くいかないと決まった訳じゃないじゃないか。そ、そう、桃華の告白が成功して真太郎と晴れて付き合うことになれば、こんなこと悩まなくて済む……)」


 脳内で考えながら、しかしどんどん心の声のトーンが下がっていく俺。

 なんというか、確かにそのパターンなら桃華と真太郎は今後も仲良くやっていけるだろうけれど……その場合の俺って地獄だよな。惚れた女と友人がイチャイチャするのをニコニコ眺めながら過ごすとか、俺はどういう性癖の持ち主なんだ。というかそれ以前に、二人がめでたく結ばれたのなら、そこに割って入ろうとする俺ってもはやただのお邪魔虫では……?


「(……や、やめやめ!? も、桃華の告白が上手くいくなら万々歳だしな、うん!? 金山かねやまも喜ぶだろうし、良いこと尽くめだし!?)」


 自分の心を誤魔化すようにまくし立ててから、俺は頭を振ってそれ以外のパターンについて考えることにした。

 俺個人の私情は抜きにしても、おそらく桃華の告白が成功し、真太郎と交際に至る可能性は相当低い……いや、もうハッキリ言おう。無理だ。彼女の告白はまず間違いなく失敗に終わる。

 なにせあのイケメン野郎も今日、どこかのお嬢様に告白をするつもりなわけで……そしてそちらの告白が成功しようが失敗しようが、真太郎は桃華の告白に首を縦に振ったりはしないだろうからだ。


 考えてもみてほしい。自分が真太郎の立場にあったとして、七海未来ななみみくに告白をしたとして。

 仮にそれが成功した場合は言わずもがなだ。その後に桃華から告白されてもOKの返事を出すわけがない。そんな不誠実な真似をする奴は双方に嫌われておしまいだろう。

 じゃあ、自分の告白が失敗した場合はどうだ? 七海未来にフラれて傷心のところに桃華から交際を申し込まれたら、果たして首を縦に振るだろうか? ……こちらは人によるかもしれないが、少なくとも俺は無理だと思う。


 駅前でナンパに失敗した男が別の女に声を掛けるのとはワケが違うのだ。好きな女に気持ちを伝えて失敗した直後、すぐ気持ちを切り替えられるほど俺や真太郎は器用じゃないし……特に真太郎は面倒くさい奴だから、「他の女の子にフラれたばかりなのにOKするなんて、なによりも桃華に対して失礼だ」とか言いそうだ。

 それに大前提として――俺たちは「女なら誰でもいい」なんてタイプじゃない。と付き合うことなど、出来やしない。


 桃華が真太郎のことばかり見て俺の気持ちにはこれっぽっちも気付かなかったように、真太郎もまた、七海のことしか見ちゃいない。

 好きな相手のことしか考えていない。考えられない。

 アイツは――――そういう人種なんだ。


「(……やっぱ、桃華の告白は失敗する前提で動くしかない、よな……)」


 曲がりなりにも桃華の恋を応援してきた身だ、彼女の想いが実らないものだと決めつけるのは心苦しい。

 けれど金山にも言われた通り、俺は桃華の恋を叶えるために陰で動いてきたわけじゃない。彼女に後悔の残る〝失恋〟をさせないために動いてきたんだ。彼女には、俺と同じ思いをしてほしくなかったから。


「(……仕方ない、よな)」


 どれだけ想ったって、叶わない恋などいくらでもあるんだ。桃華だけが例外とはいかない。尽くせる努力を尽くして駄目だったなら、それはもう受け入れるしかない。


「……小野おのくん……?」

「?」


 不意に、行き場もないまま校内を徘徊していた俺の背中に透明な声が掛けられる。振り返ればそこに立っていたのは問題の登場人物が一人、七海未来嬢だった。

 ゆっくりと階段を下りてくる、相も変わらず能面のような表情の彼女に「なんだ、お前かよ」と返しつつ、俺は内心で「今は出来れば会いたくなかったんだけどなぁ」と苦笑する。


「……なんだ、とはご挨拶ね。それが仮にも一応辛うじて友人に対して掛ける言葉かしら?」

「〝友人〟の形容詞に〝仮にも〟〝一応〟〝辛うじて〟を用いるような女に言われたくねえ」

「そう。とりあえず貴方に国語の勉強が足りていないことだけは分かったわ」


 そう言うと、七海はさっさと廊下を歩いて行ってしまった。……なんだ? アイツが人目のあるところであまり喋りたがらないのはいつものことだが……なんだか今日はそれだけじゃなく、少し不機嫌そうだったような……。


「(……ん? あれ……そういやあいつ、今どこから……?)」


 階段を上ってくるなら分かるが……? 一年生のフロアより上にあるものといえば屋上くらい。しかしこんな朝早くから、いったい屋上に何の用があって――


 ――そこまで考えて、俺はハッとしたように彼女が下りてきた階段に目を向ける。正確には――


「……し――真太郎……」

「……悠真……」


 ……酷く苦しそうな顔で力なく笑うイケメン野郎こと久世くせ真太郎の姿に――俺は一瞬のうちに悟ってしまった。


 ――彼の告白が、もうことを。

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