第二〇五編 結末の分岐点

「やあ悠真ゆうま! こんなところで会うなんて奇遇だね!?」

「おう、そうだな! じゃあまたな!」

「ちょっと待って!?」


 爽やかな笑顔を向けてきたから同じく爽やかな笑顔を返してやったというのに、真太郎しんたろうは立ち去ろうとした俺の肩をガッシリと掴んできやがった。……なんだかデジャヴである。


「なんだよ?」

「なんだよじゃないよね!? なんでせっかく会えたのに二言目で立ち去ろうとするんだい!?」

「いや、ヤロウとバッタリ出会でくわしたからってテンション上げられるわけねえだろ。どちらかと言うとあんまりお前の顔見たくないタイミングだったから、なんなら今俺のテンションはどんどん下がっていってるくらいだぞ」

「僕たち本当に友だち!?」


 真太郎がいつものように涙目になってきたので、冗談はこれくらいにしておくことにしよう……後半部分についてはあながち嘘でもないのがアレだが。

 俺が改めて向き直ると、彼はなにやら両手に大きな紙袋をいくつもたずさえていた。何事かと思って怪訝けげんな顔をしていると、イケメン野郎は「ああ、これかい?」と袋を持ち上げて見せる。


「ほら、今日はホワイトデーだろう? だからバレンタインデーのお返し用のお菓子を買ってきたんだ」

「こ、これ全部お菓子かよ!?」


甘色あまいろ〟でショーケース販売している贈答用菓子折り――なお滅多に売れない――の在庫みたいな量なのだが。人一人がホワイトデーにこんな量のお菓子を配り歩くとか、お前はハロウィンの住人かなにかか。


「実はこれ、一色いっしき店長のツテで用意してもらったものなんだよ」

「店長に? なんでまたそんなこと……ああ、業者に取り置きしてもらってたとかってことか?」

「ううん、そうじゃなくて……その、情けない話なんだけれど、一人一人にきちんと返そうと思ったら予算が足りなくて、ね……」

「!」


 それを聞いて、俺はハッとする。そうだ、普段の彼を見ている限りまったくそうだとは思わせないので忘れがちだが……真太郎の家は去年の夏頃にひとり親だった父を亡くしているのだ。親戚の援助や保険もあって生活には困っていないと言っていたとはいえ、決して裕福なわけではないはずである。

 そしてそう考えると……俺の心に一つの罪の意識が芽生えてくる。


「わ、悪い……もしかしてこないだの遊園地のチケット代が掛かったから、ホワイトデー用の金が足りなくなったとかそういう――」

「え? ああいや、そうじゃないよ。あの時は友だちのお姉さんが期限切れ寸前の優待券を譲ってくれたおかげでチケット代はかからなかったし」

「まじで!?」


 道理で、なんかこいつだけ入場受付の時間がやけに短かったなとは思っていたが。


「ただほら、贈答用のお菓子って結構するし、全員に同じものを贈ろうとするとどうしても高くつくだろう?」

「お……おう」


 見栄で頷いてみたものの、「だろう?」って言われても、俺はバレンタインチョコなんて母親か、もしくはずっとガキの頃に幼馴染み連中の母親から貰っていたくらいなので、そんな経験などあるはずもない。というか今回についてはコイツの悩みを実体験で理解できるヤツの方が少ない気がする。


「でも、みんながせっかく手作りしてくれたチョコレートのお返しに安物ってわけにもいかなくて……そんなときに一色店長が『私に任せろ』って言ってくれたんだ」

「こんな時だけは無駄に格好いいな、あの人」


 普段はあんなに残念ザンネンなのに、と口では呟きつつ、俺は内心で店長の評価を一段階引き上げた。そうだよな、やっぱりあの人も肝心な場面では頼れる大人なんだ――


「『その代わり、今度私とデートな!』とも言われたけど」

「……」


 ……俺は無言のまま、内心で店長の評価を三段階引き下げた。そうだよな、やっぱりあの人は結局残念ザンネンな人なんだよな。だからモテないんだよな、分かってたよ。


「だけど、おかげで普通よりかなり安く手に入れられて助かったよ。その分自分の足で受け取りに行って、包装も自分でやらなきゃいけないんだけどね」

「それ全員分自分でやるのかよ……」


 想像するだけでも気が遠くなりそうな作業……というかもはや内職の域だろう。そんなことをしているうちにホワイトデーが終わってしまいそ――ん?


「そういや、今日ホワイトデーなのに今日買いに行って良かったのか?」

「あ、うん。僕も本当は当日にお返しするべきかなと思ったんだけど、流石に一人一人に渡して歩くのは難しくて……だから申し訳ないけど、明日の修了式の後に返させて貰おうと思っているんだ」

「あー……まあ、そりゃそうだよな」


 なにせこれだけの量だ、全員に返そうと思ったらそれこそホワイトデーが終わってしまうだろう。コイツにチョコを渡した女の子たちの方もそれくらいの理解は持ち合わせているはずだ。


「(……そういや、桃華ももかも一日遅れでバレンタインチョコを贈ったんだっけ……)」


 その節は俺はなんの力にもなってやれず……というかむしろどこかのお嬢様と大揉めして逆に彼らに助けられてしまったのだった。そのせいで桃華は当日にチョコレートを渡せなかったようなものなのだから、俺は彼女に協力しているんだか邪魔しているんだか分かったもんじゃないな。


「それじゃあ悠真、僕これから未来みくたちの家に行かなきゃいけないから、悪いけどこれで帰るね。また明日」

「ん? おう、そうなのか。分かった、じゃあまた明日――」


 と答え、今後こそバス停へ向けて歩き出そうと――しかけて、俺は勢いよく振り返りイケメン野郎の肩を掴んで引き止める。


「ちょ、ちょっと待て!? お、お前今どこに行くって言った!?」

「わっ!? な、なんだい急に!? えっと、未来の家に行くって――」

「な、なな、なにしに行くんだよ!? あそこは危険だ、やめといた方がいいんじゃないか!?」

「なんで!? い、いや、せめて家が近い美紗みさにだけはホワイトデーのお返しをしておこうかなと思ったんだけれど……え? ぼ、僕が七海家に行くとなにかまずいことでもあるのかい?」


 ――後から思えばこの時の俺の発言は少々軽率すぎたのだと思う。

 七海妹から話を聞いた直後であり、かつ直前まで自分の中で色々なことを考えていたせいもあってか、必要以上に真太郎と七海の二人を意識しすぎてしまっていた。

 この時、真太郎とそのまま別れていれば、あるいは引き止めるにせよ上手い言い訳を思いついていれば。俺たちは、また違った結末を辿っていたのかもしれない。

 今、この場所こそが分岐点だったのかもしれない。


「……そういえば、悠真はどうしてこんなところに居たんだい?」


 あのまま別れていれば問われることのなかったであろう問いを、真太郎が口にする。

 そして続けて――やけに七海家に行かせたがらない俺に対して、考えて当然のを口にした。


「もしかして……未来の家に行っていたのかい?」

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