第118話 北高祭2日目 直前の緊張感

 校内探索のために出ていた親衛隊が戻ってきて全員が揃い、一般入場も始まった。


「では一般入場も始まったからそろそろ始めようと思う」

「いよいよですね。では電子ピアノの運搬をお願いします」

「はい!」


 泉ちゃん親衛隊のモブ2人が電子ピアノをカーテンで丁寧に包み、もう1人がスタンドを持った。


「私も目立たないように付いていきます。限られたスペースの中で一番良い配置にしたいので…いいでしょうか?」


 剣谷さんが遠慮がちに言った。相当凹んでいるようだ。


「うむ、よろしく頼むよ」


 真知子先生はもう怒ってない。言うべきことを言ったあとは、いつまでも引きずらないのが先生の良いところだ。

 

「ではギターの立ち位置にバツ、ボーカルの立ち位置に三角をビニールテープでバミっておきます」

「バミってなんですか?」


 お嬢が聞いた。


「あ、立ち位置に付ける目印をバミリと言います。すいませ~ん、業界用語出ちゃいました~」

「剣谷さん、気を引き締めてくれ。テープを貼るときも調子に乗らず目立たないように頼むよ」

「はい、すいません」


 泉ちゃん親衛隊3人と剣谷さんが出発した。


「残りの親衛隊諸君、渡り廊下付近に散って生徒会を見かけたら他に注意を反らすように努力してくれ。今日の生徒会は腕章を巻いているからすぐにわかる。ただ、直接行動などの無茶はするな」

「わかりましたっ!生徒会覆面調査員はどうしますか?」

「覆面だから一般生徒と区別出来ないだろう。まあスマホを操作してるやつが居たら警戒しとけばいい」

「はい!では行ってきます!」


 残りの親衛隊6人も出発した。


 あたしも撮影位置を決めなきゃ。しまった、自撮り棒を持ってくれば良かった。人垣が出来たら撮影しにくいだろうなあ。


「あたしも撮影位置を決めたいので行ってきます」

「美咲~、私も行くよ~」


 少し緊張してるから宮子が居てくれるのはありがたい。けど、ホントに漫研大丈夫なの?


「緊張してる?大丈夫だよ~、はい自撮り棒」


 宮子は胸ポケットから自撮り棒を出した。なんで持ってるの?ドラ○もんなの?今日は生徒手帳どうしたの?


 あたしと宮子も出発した。


「部長、このあとの段取りを教えておいてくれ」

「お嬢と亮と私が部室を出るとき北高祭用グループにメッセージを送ります。そのタイミングで渡り廊下に電子ピアノを設置してもらい、私たちが到着と同時に演奏開始です」

「なるほど…設置している時とギターを持って歩いている時がリスクが高いな…」


 真知子はしばし考えた。


「ではその段取り通りにやってくれ。私が居なくても大丈夫だな。一旦職員室に戻る」


 今まで賑わっていた部室は急に静かになった。学祭の賑やかな声が遠くに聞こえ、そのことが却って静けさを強調している。


「亮…」

「うん?どうしたの?」

「うん…なんだか怖い」

「大丈夫だよ。きっとうまく行く」

「うん…」


 まどろみさんが少し震えている。こんな時は…


「あ、私お花を摘みに行ってきます」

「花を摘むって、お嬢、余裕なんだな」

「あー…えーっと、トイレに行くということです」

「そ、それは失礼した。さすがお嬢様だ、上品な言い回しだな」


 お嬢は部室を出た。微睡と亮は2人きりになった。


 亮は微睡をぎゅっと抱き締めた。


「い、いきなりだな…すごく…落ち着く…」

「ぜったい成功させような」

「うん…」


 お嬢は扉に隙間を残して中を覗いていた。


 これでいよいよ2人はお付き合いを始めることでしょう。良かった、ほっとしました。まどろみさんが推しメンの人たちの大半は私に推し変です。握手会の時、私の待機列は長蛇の列、断トツ勝利の予感がします。

 おっと、そろそろ中に戻らないと。トイレが長いと思われたら恥ずかしいです。


「ただいまです」

「しーっ」

「え?」

「まどろみさん、寝た」

「ええっ?!」


 微睡は亮の胸に顔をうずめて寝てしまっていた。

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