第70話 横雨(よこさめ)

 音コンが迫っていました。大阪大会は9月中旬。まずはこれを通過しないと全国は夢に終わります。


 私は中学最後にどうしても入賞したくて、夏休みはずっとピアノの練習です。


 お付き合いしていた先生も、今はどこに居るのかわからない。連絡もできない。でも入賞したら、きっと先生は褒めに来てくれる。そんな想いが私を支えていました。


 そうやって自分で立てた目標だけど、たまには気分が落ち込むこともあります。高校野球も終わったし、家に居てもピアノだけです。


 ある日、私は練習をサボって自転車で街に出ました。あまりにも暑い昼下がりで、蝉の声も聞こえません。


 沸き立つ入道雲が、さっきまで晴れていた空を覆い尽くし、辺りは静寂に包まれました。全ての音が無くなって、雨の匂いのするひんやりした風が、やがて遠くの雷鳴を運んできました。


 ひと雨来そうです。私は道路脇の小さな公園に自転車を停めて、小さな東屋の下に入りました。


 少しするとポツポツと雨が降ってきました。さすが私です。雨が降る前に雨宿り、先見の明があります。でも雨風が激しくなると小さな東屋の下を雨が通り抜けます。これでは雨宿りになりません。不覚でした。


 バシャバシャと水溜まりをはじく音がして、ずぶ濡れの女子が東屋の下に入ってきました。傘が役に立たない横殴りの雨です。


 同じ年頃くらいですが、濡れた髪の毛が顔に貼り付いていて怖い雰囲気です。話しかけることはせずに黙ったまま雨がやむのを待ちました。でも、


「あなたも寂しいの?」


 急に話しかけられました。濡れた髪の毛の隙間からジッとこちらを見ています。背筋がゾクッと寒くなり鳥肌が立ちました。

 見た目が怖いとかではなくて、全てを見抜いたようなその鋭い眼光と物言いが怖かったのです。

 怖さに何も言えずにいると、


「寂しいのはつらいね…」


 そう言うとその子は傘を差して、公園を出て行きました。

 まるで隣に背の高い誰かが居て、その人と相合い傘をしているかのような傘の持ち方でした。


「千歳~っ」


 小柄なツインテールの女子が走って来ました。


「すいません、ここに女の子来ませんでしたか?」


 さっきの女子が去っていった方向を指差すと、ツインテール女子は


「ありがと」


と言って走って行きました。

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