第32話 桜谷香風

 亮と居眠り少女が2人で部室に入ったからちょっと覗いてやろう。どういう関係なんだろう、気になる。扉に隙間を開けてと…やましいことを始めたら乗り込んでやる。


「おーい」


 だいたい男子1人に女子3人の同好会ってハーレムじゃないの。まあ、わたしが入っていない時点で場末のハーレムだけどね。


「おーい」


 さっきから「おーい、おーい」とうるさいな。肩に掛かった手を払いのけ、


「シーっ、なんですか、静かにしてください。覗きがバレるじゃないですかっ」


 わたしは背後から女に腕を掴まれ階段の踊り場まで連行された。痛い、なにこの力、ただ者じゃ無い。


   ◇


 お嬢が帰ったので、あたしは少し遅めに部室に行った。

 ツインテールの小柄な女子が扉の隙間から部室を覗いてる。声を掛けたら逆ギレするし、仕方がない、腕を掴んで階段の踊り場まで連れて行った。


   ◇


「あんた誰?部室を覗いて何やってんの?」


 あ、同好会の大柄女じゃないの。ちょうどいいわ、聞きたいこともあるし。


「わたしは亮が中学の時、だんバス(男子バスケ部)の横で練習していたじょバスの子のお兄さんの友達の妹の友達です。つまり亮を観察しても良い立場ですね!」


 無関係じゃない。でも亮の中学時代を知ってるということね。ちょうどいいわ、聞きたいこともあるし。


 聞きたいことがあるという点で、2人の利害は一致した。


「あたしは1組の御前浜おまえはま美咲、あんたは?」

「名乗るほどのものではありませ…痛い痛い、わたしは3組の桜谷さくらだに香風このか。逃げないから腕を離してください、暴力ぼ~りょく反対は~んた~い


 小学生か、面倒くさい子だ。


「なんで部室覗いてたの?あんた亮の何?」

「それはさっき言ったじゃない、じょバスの…」

「元カノ?」

「はあ?わたしが同級生男子と付き合うわけ無いでしょ、わたしは年上にしか…」

「じゃあ女バスの子が元カノとか?」

「さっきから真っ先に元カノ確認。はは~ん、さてはあなたは亮に惚れて…痛い痛い」


 この人の前ではふざけないほうが良さそうです。顔がマジです。

 でもこのままやられっ放しというのもしゃくに障ります。


「個人情報なので教えられません」

「ふーん、まあいいわ。で、その女バスの子もこの学校なの?」

「個人情報です」


 このままでは話が進まない。攻め方を変えよう。


「あんた部室を覗いていたけどストーカーってやつ?」

「はあ?わたしは年上にしか興味が無いってさっき言ったじゃない。亮なんか眼中に無いですよ」

「ええっ?じゃあまどろみさんを?あんたもしかして百合…」

「違いますっ!さっきも言ったでしょ、亮を観察して良い立場だって。わたしは千歳ちとせに頼まれて…」

「千歳?」


 香風このかと名乗る小柄なツインテールは、しまったという顔をして黙った。


「千歳ってそのじょバスの子?」

「わたし黙秘権です」


 あたしは何かを聞き出すために駆け引きをするというのが苦手だ。何より面倒くさいから。

 千歳という名の女子がこの学校に居るかは各クラスの南中みなみちゅうの時からの友達に聞けばわかるだろう。


「ふーん…話変わるけど香風このかさん、ラブ・アンドと言ったら?」

「は?急に何ですか?ピースに決まってるじゃないですか、愛と平和ですよ」

「だよね!じゃあラブ・アンド…」

『ピース!』


 大柄な女はわたしに顔をくっつけ、スマホのインカメラを向けて写真を撮りやがりました。わたしはうっかりピースサインまでしています。


「なにするんですか、肖像権の侵害です、今すぐ消してください」


 スマホを奪おうとすると、額を人差し指1本で押さえられました。わたしは身動きが取れません。

 なに?この技。さっきの腕力と言い写真を撮る呪文と言い、この女、レベル最強からさらに限界突破してるの?


「千歳という子の事を教えてくれたら消してあげる」

「なんですか?取引ですか?わたしは悪とは取引しませんよ」

「じゃあこのまま消さなくて良いよね!」

「わかりました、良いでしょう。でもわたしの写真が高値で売れたら売上の半分をよこしなさいよ」


 香風このかは聞きたいことを全く聞けないまま逃げるように去っていった。


 覗いてたことは黙っとくとして、香風このかのことは亮に聞いてみよう。まどろみさんには知らせたくないから夜にメッセージで。

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