第6話
「本当に行っちゃうんですかあ。寂しいですう」
「湖織、泣き真似が下手糞すぎるよ。でも、僕も寂しいな」
この島には、夜まで滞在するつもりは無かった。
明るいうちに帰る。
緋郷がそう言ったので、僕達は朝食を食べ終えたらお別れをする予定だ。
メイドさん達は、僕達のためにか朝食をとても豪華なものにしてくれた。
それはもう食べきれないぐらいの、山のような食事だった。
本来だったら食べるのを諦めるが、さすがにメイドさんの気持ちがこもっているだろうから、残すなんてことは出来ない。
みんながみんな、同じ気持ちを持っていたのか、いつもより食べる量が多い。
頬が膨らむぐらいまで詰め込み、それでもなお口に入れようとする。
その様子を見て、りんなお嬢様がポツリと呟いた。
「まるでリスのようね」
口元を押さえ、笑いをこらえている。
冬香さんに至っては、耐え切れずに笑ってしまった。
「んぐう。こんなに美味しいですからねえ。残すのはもったいないですよお。お腹がはちきれてもお、食べきりますよお。ねええ、お兄ちゃんん」
「はい。それに美味しいので」
他の人達は違うけど、僕と緋郷はこの島での最後の食事だ。
めいっぱい食べておくべきである。
すでに腹八分目はこえて、あと何口かで満腹に近い。
しかし、食事はまだまだ残っていた。
隣の緋郷は、他の人に比べれば遅いが、それでも食べるスピードはいつもより早かった。
この島の食事は、緋郷の舌によく合った。
島に来るまでは、僕が食事を用意することが多く負担だったのだが、滞在していた時は随分と楽だったのだが。
また、食事を用意するようになるのかと思うと、それはそれで面倒くさかった。
しばらくは、ここの食事と比べられて喧嘩にでもなるかもしれない。
一回口直しに、この前食べた激辛ラーメン張りの辛さのものを食べさせてみてもいいかもしれない。
そんな不穏なことを考えているとは知らない緋郷は、僕の方を見て笑う。
「今度、これを作ってよ」
そう言って指したのは、パエリアだった。
本格的で、海鮮もいいものを使っている。
僕は聞こえないふりをして、パエリアをよそって食べた。美味しい。
全員が本気を出して食べれば、大量の食事もいずれは空になる。
ソースまで綺麗になった皿を前にして、メイドさん達三人は嬉しそうな顔をした。
そして意気揚々と、食器を片付け始める。
「それでは、一週間の滞在を終え、帰る二人にお別れをしましょうか」
紅茶を飲んだりんなお嬢様は、僕達に視線を向けた。
「あなた方と一緒にいた時間は、とても刺激的で、この島で起こった出来事の中でも面白いものだったわ。そんな時間を提供してくれたことに、感謝を伝えます」
軽く頭を下げたのを皮切りに、他の人達も口を開く。
「二人と会えて、一緒に走ったりもして、とても楽しかった! 今日で帰ってしまうのは寂しいが、きっとまた会えるだろう!」
「僕も凄く楽しかった! またいっぱい遊んでね!」
鷹辻さんと槻木さんは、それぞれ握手を交わして、そして熱い抱擁もした。
緋郷は、そうなる前に軽くかわしていたけど。
「鷹辻さん、……幸せになってください。槻木さん、また会えたら今度こそ最後まで走りきりましょうね」
鷹辻さんに対しては祝福を送り、槻木さんに対しては守る確率の低い約束をする。
この雰囲気を楽しむのだから、今は何を言ったところで許されるだろう。
「……色々とありがとうな。何か困ったことがあったら、助けるから遠慮なく連絡してくれ」
「こちらこそ、ありがとうございます。夕葉さんと仲良くしてください」
「……おう」
そういう柄じゃないと思ったけど、遊馬さんとも握手を交わした。
随分と丸くなった彼は、最後に軽く頭を撫でて、そして柔らかく笑った。
「……湖織」
「笑ってお別れしましょうう。悲しい思い出よりもお、その方がずっと楽しいですからあ」
「そうですね。それじゃあ、また会えたら」
「はいい。私のことを忘れないでくださいねえ」
「忘れたくても忘れませんよ」
今湊さんは、逆に僕の方が頭を撫でた。
目を細めた彼女の瞳は、少し潤んでいたけど、笑って別れると言ったから触れずにおく。
「……あの、来栖さん達ににもお別れを言いたいんですけど……駄目ですか?」
この場にはいない二人。
今は緋郷が一日だけお世話になった、地下室に身を置いていると聞いた。
最後に、お別れぐらいはしておきたい。
「それぐらいなら構いませんわ。春海、案内をしてあげて」
「承知致しました。では、こちらへどうぞ」
呆気なく許可は出され、僕と緋郷は春海さんの案内によって、地下室へと向かった。
「……ああ、今日は帰る日でしたね」
地下室に行くと、格子の向こうの来栖さんが、すぐに僕達に気がついた。
「最後にお別れを言っておこうと思いまして」
「それは、わざわざ申し訳ございません。私達の処遇を、りんなお嬢様に頼んでいただきありがとうございます」
「そんな、勝手に決めてしまってすみません」
「いえ、あなたのおかげで、死なずに済みました」
穏やかに笑う様子は、毒気がすっかり抜けている。
「ぜひ、これからも、二人で頑張ってください」
最後に何を言えばいいか迷って、ありきたりな言葉をかけた。
少し戸惑った顔をしていたけど、来栖さんは頷いてくれる。
「ええ、あなた方も。またいつか会えたら、その時はよろしくお願いします」
賀喜さんは起きていたけど、こちらを見ようとはしなかった。
「それでは来栖さん、賀喜さん、これまでありがとうございました」
僕は気にせず別れの言葉をかけ、そしてその場から離れる。
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
後ろから聞こえてきた声は二つ。
つまりはそういうことだ。
全ての人に別れを告げ、僕達は船に揺られていた。
「何だか、濃い一週間だったね」
島での出来事を思い出しながら、僕は懐かしい気持ちになる。
「まあね。……ねえねえ」
風に吹かれる緋郷は僕に同意し、そして船を操縦している春海さんに声をかけた。
「はい。いかがなさいましたか?」
操縦をしながらも返事をした彼女は、メイド服を着ているのに様になっている。
「あそこにはどれぐらいの人がいるんだい?」
指す先には、小さくなっていく灯台。
「被害者も加害者も、沢山いるんだろうね」
答えを聞かずとも、全てを察している言葉。
「さあ、それはお答えしかねます。私の一存では、申し上げられません」
「ふーん、君の方が偉いかと思ったけど。ま、いいか」
春海さんの返しにも、緋郷の言葉も、深く考えると混沌の世界に迷い込みそうだったから、僕は思考を放棄した。
もう島から出てしまったのだから、僕には関係の無いことである。
船に揺られながら、目を閉じる。
潮風を吸い込んで、僕は意識を闇へと沈みこませた。
こうして、血にまみれた孤島での一週間は幕を閉じたのだった。
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