第38話




 提案をしながら、僕はずっと鷹辻さんの様子をうかがっていた。

 反対をするのなら、彼が一番最初だと考えたからだ。

 しかし予想に反し、彼の反応はあっさりとしていた。


「俺もその意見に賛成だな!」


「……え? いいんですか?」


 あまりにもあっさりしていたから、逆に聞いてしまった。


「? ああ! 俺も二人には死んで欲しくないからな!」


 自身が何を言っているのか自覚がないようで、彼は首を傾げる。

 その光景を目の当たりにして、僕は愕然としてしまった。


 僕が知っている鷹辻さんだったら、ここで猛反対をしていたはずだ。

 彼は普通の感性を持ち合わせていたので、説得するのに苦労すると覚悟をしていたのに。


 この数日で、彼は随分と変わってしまったらしい。

 根本の正義感までは失われていないだろうけど、一般的な倫理は無くなってしまった。

 こんな頼み事をした僕が言うことでは無いかもしれないが、そうなってしまったのは少しだけ悲しい。


 しかし反対する人がいないのは、僕にとってはやりやすい。

 他に誰も意見しないのを確認すると、ようやく来栖さん達に話しかけた。


「この島にいる限りは、二人で一緒にいられますし、刑務所にはいることは無いです」


 この島が大きな刑務所みたいなものだけど。


「それなら死ぬ必要は無いですよね」


 僕は有無を言わさぬ感じで、笑いかけた。


「ええっと……そうですね」


「そうなの、かな……?」


 急な話に理解が追いついていないようだが、頷かせてしまえばこちらのものだ。

 ここにいる全員が証人になり、二人のこれから先が決まった。

 特に考える間がなかった割には、いいところに落ち着いたのではないだろうか。


 僕は自分自身を褒めながら、全員の顔を見回した。


「えっと、これで緋郷の推理は終わりでいいですよね」


 たくさん話して、たくさん頭を使ったから、とても疲れている。

 そのため、部屋に戻って休みたいと思っていたのだけど。


「それじゃあ、僕とサンタとお嬢様と話があるから、ちょっと失礼するね」


 緋郷が勝手にそんなことを言ってきて、僕の次の行き先は決まってしまった。

 しかし緋郷が嫌がらせで提案をするとは思わないので、疲れてはいたけど行くことにする。


「分かりましたわ。それじゃあ、春海も一緒に」


「私もご一緒していいですかあ?」


 りんなお嬢様も許可をしてくれて、春海さんも一緒に行こうとしていたところで、今湊さんが間に入ってきた。

 特に駄目なことは無いと思うけど、緋郷が許可をするかどうか。


「いいよ。君も来れば。後の人は、ここで話でもしてなよ」


 案外簡単に許可を出し、そして他の人が続かないように釘を刺した。

 そういうわけで、僕と緋郷、りんなお嬢様と春海さん、今湊さんという、よく分からないメンバーで応接室に行くことになった。



 そして、現在に至るというわけだ。





 いつの間にか、回想をしていた頭を切り替え、僕は緋郷に視線を向ける。


「それで、わざわざ移動したってことは、まだ何か話をしようとしているんだよね」


「ああ、そうだったね」


 紅茶を飲んでいたからか、すっかり忘れていたらしいので、話しかけて良かった。


「あのさ、色々と聞きたいことがあるんだけど、聞いても怒らない?」


「まあ、内容にもよりますわ。そんなに酷いことを聞こうとしているのかしら?」


「聞きようによっては?」


「……怒らないで聞きますわ」


 相手の言質を取ってから話をしようとするなんて、そんなに失礼なことを聞くのだろうか。

 とてつもなく嫌な予感がしてきて、僕は止めようと思ったけど、まさか怒らせることは聞かないかと思い直した。

 緋郷だっていい大人である。

 そこら辺の分別も、きっと兼ね備えているだろう。


 見守ることにした僕は、緋郷の次の言葉に自分の考えが甘かったのだと後悔した。


「俺が推理する前からさ、犯人があの二人だったことを知っていたんだろう?」


「ひ、緋郷、何言ってっ」


「いや、言い方が違った。俺達の全ての行動は、筒抜けだったんだよね」


「言い直して最悪になっているし! でも、どういうこと?」


 後悔したが、それでも内容の方が気になった。


「サンタは鈍いよね。全く気が付いていなかったの? この屋敷どころか、この島中、いたるところにカメラが設置されているんだよ」


「カメラ? 本当に?」


 全く気がつかなかった。

 カメラ?

 そんなものが、どこにあるというのか。

 僕は部屋の中を見回してみるけど、全くそれらしきものは無かった。


「バレるような大きさだったら、誰かが気が付くに決まっているだろう。惜しみなく金を使って、最新のものを用意しているんだよ。場所を言われたって、分からないんじゃないの?」


「そうなんだ。後で、教えてもらっても良いですか?」


「まだカメラがあると認めてないのだけど。……はあ、もういいわ。後で、春海にでも教えてもらいなさい」


 りんなお嬢様は、深くため息を吐きながらも、カメラの存在を認めた。

 まさか、本当にあるとは。

 僕は驚きを隠せずに、隣を見た。

 僕と同じように驚いていると思っていた今湊さんだったけど、その顔はいつもどおりだ。


「湖織は、驚かないの?」


「ええ? 何でですかあ?」


 まさか、今湊さんも知っているとは。

 そこまで鈍感なつもりは無かったのだけど。

 衝撃を受けて、眼鏡でも買った方が良いのかと、本気で考えてしまった。




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