第8話
「次は何を聞こうかな」
楽し気に本人はしているが、こちらとしては全く楽しくない。
頼むから、まともなままでいてくれ。
そう願うが、ほとんど意味は無い。
「それじゃあ、事件について聞こう。今朝は話をしなかったからね。サンタから聞いた人もいるかもしれないけど、僕は次に犯人が死ぬんじゃないかと思うんだ。それについて、何か意見はあるかな?」
まあ、そこまで酷い話ではないけど、今この状況で話題に出すべきものかは微妙である。
「は、犯人が死ぬって……もしかして私達が、復讐のために殺すんじゃないかとでも思っているんですか?」
来栖さんが驚いて、そして次の瞬間には怒った。
それは強いものではなく、静かな怒りだったが、余計に恐ろしい。
でも確かに、来栖さん達からしたら、そういう考えにもなるのか。
犯人が死ぬ=自殺と結びつけるのは、あまりにも単純な考え方だったわけだ。
「そうは言っていないんだけどな」
「それじゃあ、どういう意味なんですか?」
「俺は、犯人は自殺すると考えていたんだ」
「……自殺?」
静かに怒っていた来栖さんは、緋郷の言葉に目を丸くする。
「そう。別に、君達が復讐をするなんて、微塵も思っていないよ。勘違いさせたのなら、俺が悪かったね」
「い、いえ。こちらこそ。私が勝手に勘違いさせてしまって、申し訳ございません」
「別にそんな謝らなくたっていいって、それで犯人が自殺するかもしれないと聞いて、どう思ったの?」
「どうって」
「俺の意見に賛成してくれる?」
緋郷は言うことを聞かせるように、威圧を込めた笑みを浮かべていた。
何故そんな顔をするのか分からず、僕は様子を見守る。
何かあった時に、すぐに対応ができるように。
「賛成って……」
緋郷の意見に賛成するとしたら、犯人が死ぬのを肯定するようなものだ。
それは、すぐには答えが出しづらいだろう。
「……相神様、失礼を承知で申し上げますが、それには反対です」
さて、どういった答えを出すのかと期待をして待っていれば、全く予期していないところから答えが返ってきた。
「君には聞いてなかったんだけどね。まあいいや、どうしてそう思うの?」
来栖さんを追い詰めていた緋郷は、ターゲットを千秋さんに変える。
会話を見守って、間に入ることはしなかったはずの千秋さんが、涼しい顔で首を傾げた。
まさかメイドという立場なのに、話に入ってくるなんて。
それぐらい、口に出したくなる話題だったのだろうか。
「不快にしてしまったのなら、申し訳ございません」
「謝罪を聞きたいわけじゃないんだ。どうして反対なのか、教えてもらいたいだけ」
「そんな、困りますわ」
千秋さんは涼しい顔をしたまま、頬に手を当てた。
どう見ても、困っているようには見えなかった。
「言えない理由でもある? 全く無いよね。別にこうして話しているのは、俺達が望んだことなんだから、誰にもいいつけたりしないよ」
「そう、ですか。そうおっしゃるのならば、私の意見を言いましょう」
そしておそらく、緋郷が促さなくても意見を言っていたはずだ。
「……これから先、誰かが死ぬことは絶対にありえません」
「それは何で?」
「りんなお嬢様が、それを許さないからです」
「許さない? 許さないからって、死ぬのを防ぐのは出来ないよ」
「いいえ、出来ます」
「何で?」
緋郷と千秋さんのやりとりは、堂々巡りしていた。
これはどちらかが折れるまで、終わらないぞ。
しかしどちらも非を認めるタイプではないので、どうなることやらと見守っていれば、千秋さんが笑った。
あの千秋さんがである。
笑顔を浮かべると、何だか春海さんや冬香さんに雰囲気が似ているから、少し胸が高鳴った。
これは完全に推せる。
冬香さんのことは潔く諦めて、これからは千秋さん一筋だと決めた瞬間だった。
そんな僕の気持ちの変化は誰も気が付かず、当の本人である千秋さんでさえ、何も知らないまま。
彼女は笑顔をキープして、緋郷に言い放つ。
「りんなお嬢様が本気を出されました。そのため、今後一切この中から犠牲者が出ることは無いでしょう。これは絶対的な未来で、何者であっても、犯人でさえも覆すことは出来ません」
その言葉の中には、りんなお嬢様に対する疑いの気持ちが一切入っておらず、完全に信頼しているのが分かった。
緋郷はこれに対して、どう反論をするのか期待していれば、彼の表情にも余裕がみてとれた。
「とても興味深いね」
「何がでしょう? りんなお嬢様がどんなことでも可能にできることは、一緒に今まで過ごさせていただいておりますので、私達が一番理解しています」
「いいや、疑っているわけじゃなくてね。君と同じようなことを、言った人がいてさあ。えーっと……」
「今湊さんね」
緋郷では絶対名前が出てこないのは明白なので、僕が名前を出す。
「ああ、そんな名前の人。その人もほとんど同じようなことを言っていたよね。絶対にこれ以上は人が死なないってさ。えーっと……」
「りんなお嬢様がいるからだって言っていたね。彼女がいれば、誰も死ななくて済むと言っていた」
「そうそう」
アシストをしなくては、会話が成立しない。
僕が補足をして、緋郷の言いたいことを伝えた。
それを聞いた千秋さんは、きょとんとした珍しく気の抜いた表情を浮かべ、そしてまた笑った。
「それはそれは、今湊様もりんなお嬢様のことを、とてもよく分かっておられますね」
彼女には、誰にも破れなさそうな、強い自信があるようだった。
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