第5話




「せっかくの朝食が冷めてしまいますわね。話は終わりにして、朝食にいたしましょうか」


 本心の言葉で気持ちが疲れたのか、小さくため息を吐き、それだけを言うと口を閉ざした。

 それを合図にして、メイドさん達がせわしなく動き始める。

 そうすることで、りんなお嬢様から意識をそらそうとしているように見えた。


 しかし、ご飯が冷めたら美味しさが半減してしまうのは事実である。

 最高の料理は、最高の状態で食べたい。

 良い匂いを漂わせる料理を前にして、僕達は話を続ける時間が無かった。


「いただきます」


 誰かが小さく呟き、そして一斉に食べ始めた。

 想像通り、ご飯は美味しく、一口食べれば箸が止まらなくなる。

 三時間起きていて話をしていたせいで、いつもは使わないところを動かしたのだろう。

 あの緋郷でさえも、一心不乱にご飯を食べている。


 そうなると、用意されていた食事なんて、あっという間に無くなってしまう。

 自覚はしていなかったが、お腹は思っていたよりも減っていたらしい。

 大満足でお腹をさすると、他の人が食べ終わるのも、ほとんど同時だった。


「ふいい。お腹いっぱいですう。お腹がいっぱいになると、何だか眠くなりますよねえ」


 緊張感のない今湊さんは、言葉通りにとろんとした目をしている。

 目を閉じれば、数秒で寝てしまいそうだ。


「ほら、湖織。起きてください。お願いした件を、もう忘れちゃいましたか?」


 さすがに今から寝かせると、何時まで寝るのか分からないので、そのままにしてあげたかったが妨害する。


「ああ、そうでしたあ。すっかり忘れていましたねえ。仕事ですから、きちんとやりますよお」


 駄々をこねられるかと思ったが、僕の言葉にぱっと目を開いて、そして眠気をどこかに吹っ飛ばした。

 その様子はスイッチが切り替わったようで、見ていて面白かった。


「お願いした件とは?」


 賀喜さんが僕達のやり取りを聞いて、首を傾げる。

 別に説明しても良かったが、ここには全員がそろっていたので、少しだけ都合が悪かった。


「ああ、個人的な話なので。そんな大したことじゃありませんよ。ねえ、湖織」


「はいい。そうですねえ。これは私とお、お兄ちゃんの秘密ですう」


 言い方はどうであれ、内容をばらさないでくれて良かった。

 こういう時、悪意が無くてもばらしそうなのだが、気を遣ってくれたのだろうか。


「そうですか。すみません、私が聞くことでは無いですよね」


 賀喜さんも、そこまで気にしていなかったのか、すぐに興味を失ってしまった。


「私は部屋に戻りますので、もし何か御用がありましたら、春海を間に入れてくださるかしら? 少し疲れてしまったの」


 これから何か話し合いをするのかと思ったのだが、今の時間はただ一緒に朝食で食べるだけで終わるみたいだ。

 もしかしたら、生存確認をしたいだけだったのかもしれない。

 それだけ僕達に対して、情がわいたのかもしれない。


 そのまま彼女は、今日は何をしてほしいかも言わずに去っていった。

 おそらく、今日は好きなように動いていいのだろう。

 自由に動けるのは良いが、問題もある。


「これから、どうしますか? あまり単独行動はよくありませんよね」


 単独行動をしてしまったら、何のために三時間ずつ寝ずの番をしたのか分からなくなってしまう。

 昼間に人が殺されない理由なんて、確実にあるわけがないのだから。

 今まで夜中に起きていたとして、昼間にそのチャンスがあれば、もしかしたら人を殺すかもしれない。

 それは、犯人自身である可能性が、とても高いのである。


「確かにそうですよねえ。誰かと出来る限り、一緒に行動した方が良いですよねえ」


 反対意見は無いようで、全員が心配そうに頷き合っていた。


「でも、誰と一緒に行動するべきなのですか? 自分達で決めるのは、きっとよくないのでしょう?」


 来栖さんの言葉も、分かる。

 一緒にいるメンバーを決めるのは、慎重になった方が良い。

 昨夜と同じ人でも良いかもしれないが、それでは面白くない。

 また違う人と組んだ方が、調査の役に立つはずだ。


「それじゃあ、申し訳ないのですけど」


「組み合わせは、すでに考えております」


「早っ」


 それなら自分達で決めるのではなく、メイドさん達に決めてもらう方が良い。

 そう思って頼みごとをしようとしたら、すでに用意していると言われてしまった。

 まるでこうなることを予想していたみたいで、あまりにも準備が良すぎる。

 用意の一つだったのかもしれないが、もし僕がこんな提案をしなかったら日の目を見ることは無かった。無駄な時間になるかもしれなかったのに、予知能力でもあるのだろうか。

 ハイスペックすぎて、恐ろしくなってきた。


「あ、ありがとうございます」


「いえ、当然のことです」


 彼女達は、この状況で何を考えていて、どこまで用意が出来るのだろうか。

 きっと今、僕がどんなに無茶なことを言っても、涼しい顔をされて用意をされてしまいそうだ。

 どの程度で降参されるのか気になるが、ここで確かめるべきでは無いのだろう。


「それじゃあ、教えてもらっても良いですか?」


「かしこまりました」


 千秋さんは恭しくお辞儀をして、そして懐から紙を一枚取り出した。

 本当に、用意が良すぎるな。



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