第4話




「すみません、お待たせしました」


 時間にして数分だろうけど、緋郷以外は起きていたので、一応謝罪をする。

 しかし返事がない。


「あの……どうかしましたか?」


 みんな、何故か驚いた表情で固まっていた。

 しかし目線だけは、僕と緋郷の顔を交互に忙しなく見ている。


「あ、あの、今のは……?」


 千秋さんも戸惑った様子で、恐る恐る尋ねてくる。


「今の? ああ、緋郷は寝起きが悪いんですよね。だから起こされると、寝ぼけたまま攻撃をしてくるんですよ。それを避けながら起こすのは、毎回苦労させられているんですよね」


 別にいつものことなので、なんてことのないように言えば、この中で比較的驚いていなさそうな今湊さんが、呆れた目を向けてきた。


「それは早く言っておくべきだったんじゃないですかあ? そうとも知らずに起こしていたらあ、私達も攻撃されていた可能性があるんですよねえ」


「僕を差し置いて起こすような人はいないと思いましたし、緋郷に近づいて起こすなんて状況になることもないと思っていたので。確かに、一言注意しておけば良かったですね」


「そうですよお。私なんて、多分パンチされていましたからねえ」


 確かに。

 この島であの攻撃を避けられるのは、鷹辻さんやメイドさん達ぐらいだろうか。

 メイドさんを含んだのは、彼女達のハイスペック具合を考慮してである。


「まあ、寝ているところを起こさなければいいので、そこに気をつけてもらえれば大丈夫ですから」


「はあい。気をつけますう」


 どうやらみんなが驚いていたのは、緋郷を起こす際のやり取りだったらしい。

 いつものことだから特になんとも思っていなかったけど、初めて見れば驚くか。


「おはよう。みんなお揃いで」


 段々と目が覚めてきたのか、緋郷の声がはっきりとしたものになってきた。

 最初が大変なだけで、起きてしまえば後はなんとかなるのだ。


「ごはんを食べようしていると聞いたから、起きたのにまだ用意ができていないの? それなら用意終わってから、起こしてくれた方が良かったよね」


 しかし、機嫌が良くなるまでは時間がかかる。

 自身の席に座って、瞬きをしている様子は、まだ頭はきちんと働いていなさそうだ。


「すぐにご用意致します。急かしてしまい、申し訳ございません」


「いいよいいよ」


 それでも美味しいご飯を作ってくれる人に対しては、そこまで棘はなくなる。

 千秋さんが厨房に行き、向こうの部屋が少し騒がしくなった。

 そして数分もしないうちに、美味しそうな匂いを漂わせて、千秋さんが戻ってきた。


「お待たせ致しました」


 今朝は、和食らしい。

 お味噌汁の香りに反応して、お腹が大きくなった。

 慌てて押さえたが、とても大きな音だったので、近くにいた鷹辻さんには聞こえてしまったらしい。

 微笑ましげな視線を向けられてしまった。恥ずかしい。


 やはり日本人は、和食に限る。

 つやつやほかほかの、ご飯。出汁の良い香りがふわりと漂う、豆腐とわかめの味噌汁。出汁の効いた、玉子焼き。白ゴマで和えられた、ほうれん草の和え物。程よい焦げ目のついた、西京焼き。きっといい豆を使っている、納豆。

 全てが完璧で、日本に生まれて良かったと感動する。


「あら、皆さん、無事にお揃いになったようね。誰もいなくなっていないので、安心しましたわ」


 僕達の前に食事が用意されてすぐ、りんなお嬢様が部屋に入ってきた。

 誰もかけていないのを確認し、安堵の表情を浮かべ、それを悟られないように憎まれ口のようなものを叩いた。

 しかし取り繕い切れていないので、ただのツンデレにしか見えない。


「やはり、監視の意味も込めて一緒に過ごすのは正解でしたわね。単独行動は死を意味するなんて、映画のお決まりだもの。もっと早く、こうするべきでしたわね」


「それは、誰にも分からなかったことですよ。起こってしまった今言っても、どうしようもない話です」


「確かにそうですわね。どうしようもないことでしたわ。二人も亡くなってしまったから、少し取り乱していたのかもしれませんわね。でも、本当に早くこうするべきだと思っていますの。こうなってしまったのには、私に責任の大半がございますから」


 驚いた。

 こんな状況になっても、もっと最悪なことが起こったとしても、自分の非は絶対に認めないと思っていた。

 しかし、りんなお嬢様は、簡単に認めたのだ。


「お、お嬢様っ。それ以上はっ」


 それに驚いたのは僕だけではなく、春海さんを含めたメイドさん達もだった。


「いいのよ。事実だもの。この件に関しては、私が至らなかったと謝罪いたしますわ」


 頭は下げなかったが、それでも言葉では謝罪をした。


「え、えっと。だいじょうぶですよ……?」


 僕が返事をすることなのかは分からないけど、誰も何も言わないから返しておいた。


「警察を呼ばなかったり、犯人を捕まえさせようとしたり、色々と制限はございますわよね。あなた達の中の大半が、きっと私に対して思うことがあるでしょうね。でも、これだけは覚えておいてくださいな」


 りんなお嬢様は一度目を伏せて、そして顔を上げると、力強い視線を向けてくる。


「私は、この島に関して、全ての責任を持っていますわ。誰が何をしても、それは変わりませんの」


 心の底から、りんなお嬢様は言っていた。

 それは、この島に来て初めての、彼女の本心からの言葉だったのかもしれない。




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