第54話




「俺と紗那は、兄弟ではあるが、半分しか血は繋がっていないんだ!」


「そ、そうなんですか」


 触れづらい話題を、こんなに元気に言う人は初めてだ。

 地雷を踏んだのかと思ったのだけど、そうでもなかったのか。


「父親は同じで、母親は違う! 俺の母親は、浮気相手だったんだ!」


 これは地雷じゃないのか?

 あまりにも元気な鷹辻さんに、逆にこちらが気まずくなってしまう。


「俺を産んですぐに死んでしまって、俺は父親の元に引き取られた! 俺は見ての通り、頭が良くないから、煙たがれていたんだ! でも紗那だけは、俺に優しくしてくれた!」


 これから始まるのは、良い話だ。

 ハンカチの準備をして、出て来た涙を拭かなければ。


「紗那は何でも出来る! こんな俺に、馬鹿だから大学にも行けなかった俺に、仕事をくれた! 紗那がいなかったら、俺は路頭に迷っていたんだと思う!」


「槻木さんは良い人ですね。でも、どうして?」


 半分だけ血が繋がっているとはいえ、そこまで他人に優しく出来るものなのだろうか。

 それが、兄弟の絆なのだとしたら、僕には分からない世界だ。

 いくら血を繋がっていたとしても、自分とは違う人間なのだから。


「それは分からない! 同情してくれたのかもな! 俺が愚図だから!」


 こんな風に明るく卑下されてしまうと、逆にどう言葉をかけていいか分からなくなる。

 今まで彼に抱いていたイメージが、だいぶ変わった。

 何の苦労もしていない、ずっと明るい場所で生きていたのだと思っていた。

 しかし、そんな彼の中にも、どこまでの暗さかは分からないが闇が潜んでいたなんて。

 そういうのを知ってしまうと、どうも好意に変わってしまう。


「あなたが、愚図だなんてことはありませんよ。この島に来てからの、あなたしか知らない私が言うのもなんですが、優しくて他人想いで、誰にでも好かれるような人だと思います」


「あなたは優しいんだな! 紗那も似たようなことを言ってくれた! でも、俺自身のことは自分が一番分かっている! それに昔から父親にも、よく言われたんだ! 愚図でのろまで大きいだけの役立たずってな!」


「それは……」


 鷹辻さんの家がどんな身分なのか分からないが、実の息子に対してかける言葉ではない。


「そんな顔をしなくていいんだ! 紗那と比べたら、本当に俺は何も出来なかったのだから! 何も出来ず、ただただ何も考えずに生きていた! そう言われるのも、無理はない話だったんだ!」


 息子二人を比べて、そして優劣をつけるなんて。

 父親としては、最低の部類である。


 ここにいる誰もが、そんな父親か母親を持って産まれている可能性は高いが。

 親が素晴らしいかどうかなんて、表面的に見ていれば分からない。

 分かるのは、その親に育てられた子供だけだ。


「紗那は、本当に優しいんだ! あんな風に、子供みたいなふりをしているのも、全部全部俺のためなんだ!」


「鷹辻さんのため? どういうことです?」


「俺が愚図なのを悟らせないために、あえて子供のふりをして自分に注意を向けている! 本人はそうだと認めていないけどな! 俺のためを思って、全部やってくれている! 本当に凄いんだ! 本当に、こんな俺と一緒にいてくれる! 本当に凄い! ずっとずっと敵わないんだ!」


 槻木さんのことを話す鷹辻さんは、子供がヒーローのことを思い出しているかのように、きらきらと輝いていた。

 それぐらい、槻木さんを尊敬しているのだ。


「槻木さんは、凄い人ですね」


「ああ! 俺の尊敬する人だ!」


 打算も何もなく、素直に人のことを評価出来る。

 その関係性は羨ましくて、でもそれと同時に非常にもろいものだと思った。

 しかしお互いが信頼している限りは、決して崩れることはないはずだ。

 いつか崩れたとしても、それは僕のいない時である。


 それにしても、槻木さんは本当にきちんと兄としての役割をこなしているのだな。

 理想的な存在で、話を聞く限りでは、弟のことを道化を演じてまで守っている。

 そんな面倒なことをするなんて、よほど相手のことを思っていなければ出来ない行動だ。


「俺の話は、もういいだろう! 今度は二人の話を聞かせてくれ! そうだ! 二人には、兄弟はいるのか?」


 無邪気に聞く鷹辻さんは、そういう質問をして気まずくなる可能性を、全く考えていないようだ。

 それは普通であれば別に何も起こらないが、この島では絶対に止めた方が良い。

 僕も固まり、来栖さんも戸惑った表情を浮かべている。


「わ、私には妹がいましたが……小さな頃に離れ離れになりまして……」


「あっ、そうだったんだな……!」


 鷹辻さんは今回のことで、少し言動には気を付けてほしい。

 来栖さんの答えに戸惑った顔をした彼に、僕は助け舟を出さずに追い打ちをかけた。


「僕にも兄はいましたよ。ああ、弟も。でも思い出したくないぐらいに、嫌な記憶しかないんです。僕にとって兄弟は、人間として最悪の部類でした。まあ、あの頃は僕もずっと子供で、今思えばそこまで酷いものでは無かったんですけどね」


 ああ、少し話をし過ぎた。こんなことを言うつもりは無かったのに。

 せっかく今まで記憶の底に蓋をしておいたのに、あの人達の顔を思い出した途端、気分が悪くなってきた。

 僕は必死に吐き気を押さえて、そして同情されないために笑みを浮かべた。


 二人の顔が引きつったので、上手く笑顔は作られなかったようだ。

 ああ、失敗した。



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