第52話




「起きてくださあい。時間ですよお」


 頬をぺちぺちと叩かれる感覚がして、僕は深い闇の底に沈んでいた意識を、ゆっくりと現実の世界に戻していった。


「は、はい。今、起きます」


 ゆっくりと覚醒している間に、叩く力がどんどん強くなっていく。

 このままだと最終的に、顔が腫れてしまいそうだ。

 右の頬だけ腫れた状態なんて、あまりにも不格好すぎる。


 僕は目を開けずに手をあげ、起きたアピールをする。

 そうすれば、頬を叩く手は止まった。


「お兄ちゃんは、寝坊助ですねえ。他の人は、もう起きましたよお」


「……ん、そうなんですか? 起きます、起きます」


 頬を叩いていた犯人である今湊さんの言葉に、僕は慌てて起き上がる。

 あくびをして目を開ければ、柔らかい光が差し込んできた。

 寝ている人達に配慮をして、邪魔にならないぐらいの明るさに光が調整されている。

 そのおかげで、この時間までぐっすりと眠れた。


「おはようございます。もう三時ですか。湖織は、きちんと起きていられたんですね」


「はいい。私を見くびらないでくださいねえ。ちゃんと起きていたに決まっているでしょお」


 腰に手を当ててふんぞり返った今湊さんは、こんな時間なのに元気だし、心なしか肌つやも良い。

 これは、楽しい時間を過ごしていたようだ。

 ふと、隣を見ると、緋郷が布団にもぐりこんでいる。


 掛け布団は上下に動いていて、熟睡しているのだと分かった。

 こんなに、人数がいるのに珍しい。

 僕が寝ている間、何かあったのかもしれない。


 これは、起きた時の機嫌取りが面倒だぞ。

 後数時間後のことを思い、少し憂鬱になったが、それは緋郷が起きた時に考えればいいか。


 それよりは、まずこれから三時間のことの方が重要だ。

 僕はあくびをして、完全に眠気を飛ばすと、布団から出た。

 大きく伸びをし、ついでとばかりに今湊さんの頭を撫でる。


「起こしてくれて、ありがとう。もう眠いだろうから、早く寝なね」


「うへへい。ありがとうございますう」


 軽く二三回撫でただけなのに、安心しきった顔を向けられてしまうと、胸がむず痒い気持ちになった。

 それを誤魔化すため、わざとらしくテーブルの方に向かう。

 そこには今湊さんの言葉通り、すでに来栖さんと鷹辻さんが座っていた。


 賀喜さんと槻木さんの姿が無いので、二人は先に寝てしまったみたいだ。

 時計を見ると、三時を数分過ぎている。

 少しだけ、寝過ごしてしまったみたいだ。


「すみません。遅くなりました」


「いいや! そこまで、遅くなっていないぞ!」


「そうですよ。だから、謝らないでください」


 目覚ましがかけられなかったとはいっても、数分は大きい。

 僕は脇に来た今湊さんの頭を、もう一度撫でた。


「湖織、ありがとう」


「いいんですよお。起こすのは、私の役目ですからあ。それじゃあ、おやすみなさいい」


「うん、おやすみ。ゆっくり眠りな」


「はあい。お兄ちゃん」


 起こす役目を買って出てくれた今湊さんは、大きな口を開けてあくびをすると、一度お辞儀をして布団の中に潜っていった。


「すっかりと、仲の良い兄妹みたいですね。今湊さんとあなたの二人」


 僕達の様子を眺めていた来栖さんは、そう関係性を評価した。


「そうですかね。僕にはもったいないぐらい、手のかかる妹ですが」


 皮肉を言ったつもりだが、来栖さんには微笑ましく笑われてしまった。

 何だか更に気恥ずかしくなり、僕は視線をそらす。


「……何だか、このメンバーで話をするというのも、これからそうそう機会が無いですよね。この状況ですから、どんな話をします?」


「確かにそうだな! いつもは、他にも誰かが一緒だから、こんな機会もう二度と無いかも! このメンバーでしか出来ない、話をしよう!」


 鷹辻さんは、この状況であっても少し声が大きい。

 それでも一応気を遣ってはいるのか、普段と比べたら抑えめにされている方なのだが。


「話と言っても、どんなことにしましょうか」


 僕達の共通の話題なんて、ほとんど無いに等しい。

 そんな中で、どんな話をしようか。

 何を話そうか迷っていると、来栖さんが手をあげた。


「ずっと、聞きたいことがあったんです。この機会なので、聞いても良いですか?」


「僕にですか? 良いですよ」


「正確には、サンタさんの話ではないのですが。あなたと一緒に来ている、相神さんについてなのですが」


「緋郷についてですか?」


 何か気になることがあるのだろうか。

 僕はこれまでのことを考えて、不思議に思う。

 緋郷についてのことは、大体情報が開示されているはずなのだが。


「何でも答えますので、どうぞ聞いてください」


 僕に興味が無いと言われているのは寂しいが、緋郷のことについてならば何でも答えられる。


「答えられなければ、答えなくても良いですよ。強制はしませんから。あの、相神さんは、この島に来る前にどんな活躍をしていたのかを聞きたいのですが」


「そんなことですか。良いですよ」


 拍子抜けした。

 もっと面倒なことを聞かれると思ったのだけど。

 そして今までこのことを、鳳さん以外が触れなかったことを珍しかったのだ。


「それじゃあ、どこから話をしましょうかねえ」


 僕は口元に手を当てて、緋郷のことについて話をすることにした。




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