第39話




 来栖さんが提唱した、殺人犯が幽霊説。

 全員がどう受け入れるべきか、お互いを探り会う。

 誰もかれもが腫れものを扱うように、彼への接し方を分かりかねていた。


 幽霊。今までに出てこなかった、新たな可能性。

 しかし到底、受け入れられるものではない。

 それでも本気で言っているので、何かしら答えを返してあげなくては。

 誰が?


 周りを見たら、ほとんどの人と目が合った。

 これは、もしかしなくても僕が相手をしろということか。

 皆の期待を背負い、僕は彼に話しかける。


「それは、本気で言っているんですか? ぐふっ」


 隣の鷹辻さんに、勢いよく腰の辺りに打撃を加えられた。

 まさか彼がそんなことをすると思わなかったので、僕は無防備に拳を入れられてしまった。

 軽く殴ったつもりなのかもしれないが、その勢いはすさまじい。

 しばらく痛みで悶えて、突っ伏して震えていた。


 さすがに直接的に言い過ぎたか。

 僕は反省して、言葉を選ぶことにした。


「えっと、もしかして今日頭でもぶつけました?」


 また拳が入りそうになったが、今度は避けた。

 そうやすやすと、同じ手は食らわない。

 鷹辻さんの攻撃はワンパターンだったから、軌道は簡単に読めてしまった。


 拳は避けられた。

 しかし、責めるような複数の視線は突き刺さる。

 そんな目を向けられても、選んだのはそっちなのだから、悪いのは僕じゃない。


 そして一度僕を選んだのだから、その役目を全うするまでだ。


「すみません。ちょっと本音が出てしまって……えーっと違います。言いたかったことを間違えました。幽霊、というのは誰ですかね……?」


 何とか本音を出さないように、かみ砕いた質問をしたら、よく分からないものになってしまった。

 幽霊が誰、というのはどういう質問なんだ。

 幽霊に誰も何も無いだろう。


 別の質問を考え直すか。

 そう思って、質問を取り消そうとしたのだが。


「幽霊の正体、それは、この場にいる方全員が分かっているんじゃないですか?」


 分からないから聞いてみたのは、彼には通じなかったらしい。

 どんどん彼のことが分からなくて、キャラも読めなくなってきた。

 霊能力者にでもなるつもりなのか。失礼だが、全く似合わない。


「すみません。僕は理解力が乏しくてですね。教えてもらいたいです。誰なんでしょうか」


 教えてもらう立場なのだから、下手に出てみた。

 こういう時はどう考えても、高圧的な態度をとるのは駄目なはずだ。

 いくら来栖さんだって、絶対に怒らないということはありえない。


 もう手遅れの可能性はあるけど。

 しかしありがたいことに、僕の最初の失礼な態度は聞かなかったことにしてくれた来栖さんは、優しく笑ってくれた。


「それは、この島で前に亡くなった方ですよ」


 誰がそれに同意すると思ったのか。

 僕は彼に対して優しく接する必要性が感じられなくなり、頭も痛くなってきた。


「……具体的には……?」


「そうですねえ。具体的な名前までは分かりませんけど、この島での殺人は初めてではないでしょう? 対応の冷静さから見て、それは絶対ですね。だからいつとは言えませんが、誰かが死んでいるはずです。その中の一人が、二人を殺したというわけですよ」


 僕はツッコミスキルを試されているのかもしれない。

 もしここにハリセンがあれば、何も考えずに来栖さんの頭を勢いよく叩いている。

 今何を聞かされているのか、時間の無駄ではないか。その気持ちがあるから、勢いよく叩くことが出来そうだ。


「教えていただけませんか? この島では、今までに一体、何人の人が亡くなっているのでしょう? そしてその中で、殺人に巻き込まれた人は、何人いるのでしょうか?」


「残念ですが、それをお教えすることはいたしかねます」


 未だに回復していないりんなお嬢様に変わって、春海さんが答える。

 しかしその答えは、彼の満足いくものではなかったようだ。


「どうして隠すんですか? この質問は、犯人を見つける上で、とても大事な事なんですよ。ぜひ、正確に答えて頂きたいです」


 いや、この質問に真面目に答えても、絶対に犯人は見つけられない。

 それもあるし、本当に答えたくないから、春海さんは濁したのだろう。

 だからといって、納得するような人であれば、こんなことにはなっていない。


 答えるまでは、一歩も引かない。

 そんなオーラを出しながら、来栖さんは答えを待っていた。



 春海さんは困り果てて、主であるりんなお嬢様に視線を向ける。

 ようやく、普段の様子に戻ったので、今度はりんなお嬢様が相手をすることにしたみたいだ。


「それを知って、私は犯人が分かるとは到底思えませんわ。先ほどから、あなたは支離滅裂なことばかりおっしゃっていて、聞いていると頭がおかしくなりそうですわ」


 実際におかしくなってしまっていたからか、その言葉に重みを感じた。

 これは最終警告だと僕には思えたのだが、何故か来栖さんは引かなかった。


「教えてください」


 さすがのりんなお嬢様も、ここまで来られると、いっそ恐怖を抱いてしまったみたいだ。

 顔をひきつらせた。


「……分かりましたわ。そこまで言うのなら、お答えします。この島で、亡くなった方は確かにいますわ。それが誰で、何人かまでは、プライバシーがありますので教えられませんの。……これで満足していただけたかしら?」


 非常に言い辛そうに、しかし結局は答えてくれたのだから、これが勝負だったら来栖さんの勝利だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る