第29話
部屋から出ると、今湊さんはお腹を押さえ、僕を見てくる。
「お腹が減りましたねえ。そろそろお菓子が食べたいなあ」
先ほど部屋を出るために気遣ってくれたと思ったのは、ただお腹が空いていたからだったみたいだ。
食い気の凄い今湊さんに呆れながらも、彼女らしいと思う。
「それじゃあ、どこかでお菓子を食べましょうか」
「うわあい。やったあ」
嬉しそうな今湊さんは、その場で飛び跳ねる。
そして、そのままスキップをしながら進み、廊下の曲がり角で向こう側来た誰かに勢いよくぶつかってしまった。
「いたあ」
あまり痛くなさそうな声で、今湊さんはぶつかった額を押さえる。
ぶつかった相手も、同じように額を押さえていた。
「あれ? 槻木君」
今湊さんと槻木君は同じぐらいの身長のせいか、ぶつかった時に額同士で当たってしまったみたいだ。
どちらも額が赤くなっているから、随分と勢いよくぶつかってしまったのか。
今湊さんが緊張感のない声を出すので、すぐに心配できなかった。
「二人共、大丈夫? こぶになる前に、冷やした方が良いんじゃ」
「私は、大丈夫ですよお。ごめんなさい。ちゃんと前を見ていなかったからあ」
「僕も大丈夫。僕の方こそ、ごめんなさい」
二人共大丈夫と言っているから、それ以上は言わなかった。
それよりも気になったのが。
「槻木君、一人なの?」
こんな事態になったら、真っ先に駆け寄りそうな鷹辻さんの姿が見えなかったことだ。
殺人事件が起きて、鷹辻さんは槻木君の身を案じて、部屋にこもる提案をしていたぐらいだったのに、こうして一人で行動させるのだろうか。
もしかして、何か緊急事態でも起こったのか。
別の意味で心配になった僕は、槻木君に尋ねたのだが。
「うん。ちょっとうるさかったから、撒いてきたんだ」
予想していた以上に、斜め上の答えが返ってきた。
「え……撒いてきたの? 鷹辻さんを?」
「だって、部屋から出るなーとか、誰が来ても話をするんじゃないーとか、俺から離れるなーとか、いちいちうるさかったんだもん。だから話をしている隙に、そーっと逃げてきたの」
頬を膨らませて、不満を訴える槻木君の気持ちも分からなくはない。
彼ぐらいの年齢ならば、大人しくしている方が難しい。男の子なのだから、余計にだ。
分かるのだが、確実に鷹辻さんは焦っている。
りんなお嬢様に楯突こうとするぐらいは、槻木君の身を案じているのに、肝心の槻木君を見失ったとあれば、錯乱状態に陥っているかもしれない。
気のせいか、遠くの方で鷹辻さんが叫ぶ声が聞こえる。
これは早くしないと、島中を探す勢いじゃないか。
「あの、槻木君。鷹辻さん、探しているみたいだけど……」
「ん? 大丈夫大丈夫。気にしないで」
全く大丈夫じゃないし、気にしないわけがない。
こうしている間にも、声はどんどん近づいてきている。
野性的なカンを持ってして、ここに槻木君がいるのを感じ取っているのか。
もはや、まっすぐこっちに来ている気配に、僕は諦めの感情を抱いて、彼の登場を待つ。
「紗那ああああああああああああ!!」
叫びながら、ものすごい速さで走ってきた鷹辻さんは、床に跡がつくぐらいに勢いよく止まった。
「大丈夫か!? 怪我をしていないか!? 」
そして槻木君に近づき、全身をくまなく調べ出す。
「大丈夫だよ。ただ話をしていただけだから。大げさすぎ」
「そんなことは無い! 人が一人死んでいて、殺されている可能性が高いんだから、心配してもし足りないだろう!」
一見、過保護にも思えるが、正常な反応なのだろう。
槻木君は呆れながらも、されるがままだった。
槻木君の体に、傷一つないのを確認すると、鷹辻さんはようやく僕達の方を見た。
「紗那がお世話になりました! それじゃあ、俺達はこれで」
しかし話をしようとはせずに、さっさとどこかに行こうとする。
視線をきちんと合わせてくれないので、僕達に対して何か思うところがあるようだ。
今のところは理由を知らなくでもいい。
そう思って、そのまま見送ろうとしたのを、大きな音が鳴り響き邪魔をした。
「……あーっと」
音の正体は、鷹辻さんのお腹から聞こえてきた。
僕はまた今湊さんだと思っていたから、少し驚くけど、あそこまで走っていたのだとしたら当たり前か。
お腹を押さえて、顔を真っ赤にさせている彼に、僕は持っていた袋を顔の横に上げて笑いかけた。
「一緒に、お菓子食べませんか?」
今湊さんのブーイングは、聞こえないふりをした。
五人で落ち着ける場所を探して見つけたのは、桜の木が植えられた場所だった。
カルミアの花のところも候補に出たけど、僕が反対をした。
さすがに、鳳さんが埋まっている場所を見ながら、お菓子を食べる気分にはなれなかった。
緋郷から何かを訴えるような視線を感じたけど、完全に無視した。
そうして見つけた場所で、僕達は地面に座ってお菓子を広げている。
きちんとシートはひいて、ちょっとしたピクニックである。
残念なのは、桜はすでに散っていて、すでに葉だけになっていることだ。
それでも、久しぶりにほのぼのとした時間を過ごせている。
「美味しいですねえ、槻木さん」
「うん! 美味しいね!」
お菓子を食べながら、今湊さんと槻木君は楽しそうに笑い合う。
その姿は、まるで姉弟のように見える。
こんなほのぼのとした姿のおかげで、鷹辻さんの警戒心も少しは緩んだらしい。
「さっきは、悪かった!」
眉を下げて、謝ってくる彼の手にはお菓子がある。
もしかしたら空腹も、焦りなどの原因になっていたのかもしれない。
お腹が満たされ、機嫌が直ったのなら良かった。
「こういうことがあっただろう? 誰が犯人か分からない中で、一人で行動するのは危険に決まっている! だから紗那がいなくなって、最悪の想像をしてしまったんだ!」
「そうですよね。僕達も驚いたんです。さすがに一人で行動するのは、今は止めた方が良いですよね」
僕達と一緒にいるところを見ても、警戒心を解かなかった理由については、僕はあえては聞かなかった。
誰を警戒していたのか聞いて、悲しい気持ちにならないためにだ。
それに鷹辻さんを困らせ、楽しむような趣味を僕は持ち合わせていない。
僕は納得したふりをして、そしてお菓子を一口かじった。
おしゃれにデコレーションされたクッキーは、ほろほろと崩れてバターの香りが口いっぱいに広がった。
アクセントにドライフルーツも入れられていて、食べ進めるごとに違った一面を見せてくれる。
何が言いたいのかというと、とにかく美味しい。
そのおかげで、僕達五人は黙々とクッキーを胃袋の中に収めていった。
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