第26話




 飛知和さんは、賀喜さんに連れられて、重たい足取りで去っていった。

 帰る際に、僕達のことを睨んだ目は、恨みに満ち溢れていたように感じた。

 隠し事をしていたのは彼女の方なのだから、恨んでくるのはお門違いだと思うのだけど。


 残された僕と緋郷と今湊さんは、顔を見合わせた。


「あはは。お疲れ様ですう。いい収穫が得られましたねえ」


 緩く笑った今湊さんは、頭を下げた。


「いいえ、そんな。そんなことないですよ」


 飛知和さんは、単純な部類の人だった。

 この屋敷に来ている人の中で、一二を争うぐらいには、やりやすい方だった気がする。

 他の人だったら、ああも上手く認めさせることは出来なかったはずだ。


 例えば、目の前にいる今湊さんが相手だったとしたら。

 きっと話をそらされて、いつの間にか彼女のペースに巻き込まれていた気がする。

 そう考えると、本当にやりやすかった。


「それじゃあ、ご飯でも食べに行きますかあ? もうお腹空いて空いて、このままだとお腹と背中がくっ付いちゃいますよお」


 お腹をさすった今湊さんを見て、僕は空腹を思い出す。

 そういえば、随分と今日は朝に色々なことがありすぎた。

 これでようやく、一日の半分に達したのか思うと、憂鬱な気分だ。


「少し、時間が過ぎましたね。お腹が空きすぎて、逆にその感覚が薄くなった気がします」


「それじゃあ、サンタは食べなくていいんじゃない? お腹減っていないんだろう」


「そういうことじゃないんだよなあ。緋郷さあ、分かるでしょう。今は空いていないように感じても、ご飯は食べたい」


「冗談だよ、冗談」


 僕達三人は、ようやく屋敷の中に入った。

 そして大広間に行くと、そこには冬香さんが立っていた。


「こんにちは。お待ちしておりました。調査の方は、順調に進んでいますか?」


 出迎えの笑顔を向けられ、一気に癒されるのを感じる。

 浄化される、尊い。

 語彙力が無くなりそうなぐらい、彼女の笑顔は癒しの効果を持っていた。


 僕達は、それぞれの席に座ろうとしたのだが、今湊さんは何かを考えて、そして鳳さんの席に座る。


「食事をしながら、もっとお話ししましょうかあ」


 彼女の元々の席ならば、確かに対角線上だから話はしづらい。

 しかし、ここで来栖さんが来たら、ややこしいことになりそうだ。

 あまり、長居はしない方がよさそうか。


 冬香さんに、僕達はうどんを頼んだ。緋郷に好みを合わせてである。

 そして今湊さんは、パンケーキを頼んだ。朝も甘いものをたくさん食べたのに、また甘いものを食べるのか。

 聞いているだけで、げんなりした気持ちになった。


 冬香さんが驚いていないのを見ると、これが当たり前みたいだ。

 逆に夕食で皆に合わせているのが、おかしいのか。

 いくらなんでも甘いものばかりを食べていたら、体に悪そうだけど僕には関係のないことなので、止めたりはしない。



 食事を頼んで待っていれば、今湊さんは机を一定の速度で指を使い叩き出す。

 ……トン……トン……トン……

 その音を聞いていると、何だか不安定な気持ちになってしまう。

 ……トン……トン……トン……

 彼女はそれを分かっていて、わざとやっているのか。

 そうだとしても、そうでなかったとしても、僕が止めることは無い。


 居心地の悪い空間は、冬香さんが食事を持ってくるまで続いた。

 彼女が部屋に入ってきた途端、叩くのを止める。

 そしてパンケーキを見ると、顔を輝かせた。


「わあ、美味しそうですねえ。ここの人達が作るデザートは、全部が美味しいから幸せですう。もう、ずっとここに住もうかなあ」


「ありがとうございます。私も、今湊さんがここにずっといられたら、とても嬉しいですね」


「わあ、私モテモテですねえ」


 パンケーキを食べながら、彼女は幸せそうな顔を浮かべている。

 心の底からの感情を出していて、作っている人からしたら嬉しくなるのだろう。

 冬香さんはいつも以上の笑みを浮かべ、そして二人で楽しそうにしていた。


 二人共中身はそうであれ、見た目は可愛らしいので、遠目から見たらいい感じだ。

 久しぶりに良い雰囲気を感じて、僕はほっと息を吐く。


 きっと千秋さんか冬香さんが作ったのであろううどんは、とても美味しい。

 温かいうどん派だから、お店のものと相違が無いぐらいに美味しいこれは、今まで食べていた中でもトップ争いをするぐらいのレベルである。


 緋郷も気に入ったようで、いつもよりも早く箸が進んでいた。

 あっという間に食事を終えた僕達は、満足しながら息を吐く。


「どうですかあ? 犯人の目星は着きましたかあ?」


 お茶を飲んでいた今湊さんは、気の抜けた声で話しかけてきた。


「そうだねえ。嘘つきはたくさんいたし、面白い話もたくさんあったねえ」


「それは、まだ分からないと捉えていいんですよねえ」


「まあ、わざわざ言わないよ。君はどうなの?」


「私ですかあ?」


 うどんを食べて、ケーキの恨みはようやくリセットした緋郷は、和やかに答えを返す。


「私の専門は、犬猫を探すことですからねえ。皆さんが頑張っているのなら、私の出る番はないですよお」


「今湊さんは、ご褒美には興味無いんですか?」


「別にありませんねえ。謎のままになるのは嫌ですけど、頑張って働くのも面倒くさいですう」


 今湊さんは、事件解決に対するやる気は、ほとんど持っていないようだ。


「それじゃあ、何で今日は僕と行動していたんですか?」


「そうですねえ。ここは暇を潰すものがありませんから、ほとんど暇潰しみたいなものですう。今日は一日、ずっとあなたたちと一緒にいようと思いますよお」


 そして、性格が悪い。


「それじゃあ、次は姫華さんの部屋を見に行こうか」


「はい。行きますう」


 どうやら、そんな今湊さんのことを、緋郷は気に入ったらしい。

 緋郷の方から、そう誘っているので、僕は驚いてしまった。


 これは、僕の心労が増えそうだ。

 面倒くさい二人が意気投合している様子に、胃が痛むのを感じた。


 遠くで冬香さんが僕に向けて笑いかけてくれたが、先程より癒しの効果は減っていた。



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