第10話




 つい一時間ほど前に来たばかりの、花畑。

 そこは死体発見現場とは思えないほど、綺麗に花が咲き誇っていた。

 やはり、ここはいい所だな。


 今から死体を埋めるというのに、何故かほっとした息が自然と口からこぼれ落ちる。


「うーん、どこらへんが一番いいかな……。千秋さん、埋めてもいい場所ってどこですか?」


 場を取り仕切り始めた緋郷が、まず埋める場所を決めようと、僕達の方に振り返った。


「あ……ええ、そうですね……」


 僕と話をしていたせいで、千秋さんは取り乱しつつ隣から離れていく。

 これは、もう話は出来そうにないな。

 彼女の後ろ姿を見て、僕はそう判断すると三人の元に駆け寄った。


「可能な場所ですと、こことそことあそことあそこ、……気に入らなければ他の候補も出しますが?」


「いや、いいですね。花に囲まれて眠ることが出来ますし、人が通る場所から適度に離れていますし。きっと姫華さんにとっても、良い場所になるでしょう」


 緋郷は深呼吸をして、自然を感じていた。

 まあ、確かにこういった場所に弔ってもらえるのなら、僕だって成仏出来る。


「あ。来栖さんはどう思いますか? 俺としては、ここが良いと思うんですけど」


「そうですね。良いと思います。とても綺麗な場所で、姫華様も安心して眠れるでしょう」


 来栖さんも異論は無いみたいで、埋葬する場所は、カルミアの花が咲いているが、少し奥まったところに決まった。そこはちょうど、芝生も無い。

 僕達はあらかじめ借りておいたシャベルを手に取り、埋めるために必要な大きさの穴を掘り始める。


 体力仕事なので、千秋さんにはさすがにやってもらっていない。

 彼女には、鳳さんの体をビニールに包む作業をしてもらっている。

 死体に触るのは抵抗が無いかと心配になったけど、さすが千秋さんは顔色一つなく、そして手際よく進めていた。


 それならこっちも、早く穴を掘らなくては。

 僕達は額に汗を流しながら、必死にシャベルを動かす。

 しかし、土は固い種類だったようで、なかなかに苦労する。


 それでも、黙々と会話をすることなく掘り進めていくと、三人の男手のおかげでいい具合の大きさまで掘ることが出来た。

 これなら鳳さんを寝かせても、まだまだ余裕がありそうだ。


「これぐらいで大丈夫じゃないかな?」


「うん、そうだね」


「……手伝っていただき、ありがとうございます」


 緋郷も来栖さんも、このぐらいの大きさで良いという判断をしたので、僕達は穴の中から這い出た。

 ちょうど千秋さんの方も終わったみたいで、鳳さんの体は透明なビニール袋に包まれている。


「このような感じでよろしいでしょうか?」


「とても上手だと思います」


 体を傷つけないように丁寧に、とてもいい仕事をしていると思う。

 緋郷が目を輝かせているから、鳳さんの美貌というのも損なわれていないのだろう。僕には、よく分からないが。


「それでは、穴の中に運びましょうか」


「……すみません。少し待ってください……」


 鳳さんの姿を見て、来栖さんは顔を苦痛に染めあげた。


 これで鳳さんとは、お別れである。

 今まで誰も突っ込んでなかったけど、このまま埋葬すれば、帰る時には一緒にいられない。

 もう一度掘り返したとしても後処理に困るだろうから、きっとそれは実行には移されないはずだ。


 最期の別れを、彼は今惜しんでいる。

 それを邪魔する権利は、誰も持っていなかった。

 空気を読まない緋郷も、今は鳳さんを瞳に焼きつけるのに夢中だから、邪魔にはなっていない。

 しかしあまりにも時間がかかると、それも続かないだろう。


「……あの……」


「……すみません、お待たせしました。……埋めましょうか」


「はい。そうしましょうか」


 声をかけると、来栖さんは弱々しく笑い謝ってくる。

 僕は申し訳なさを感じつつも、鳳さんを運ぶ準備をした。


 傷つけないために、来栖さんが頭、緋郷が腰のところで、僕が足を持つ。

 鳳さんの体に触れられることが出来て、緋郷は嬉しそうな顔をしている。


 ゆっくりと、慎重に、穴の中に鳳さんの体を横たえると、僕達は穴の傍で手を合わせた。

 彼女の冥福を祈ってだったが、殺された鳳さんは恨みしか持っていないだろう。

 犯人を捕まえることが、彼女の弔いになればいいのだけど。


「それじゃあ……」


 またシャベルを手に取り、体の上に土をかけていく。

 ビニールに土が当たる音が、耳に残る。

 顔にかける時はためらったが、僕がかけないと終わらないから、積極的にそちらに向かってシャベルを動かした。


 掘る時よりも、埋める時の方が早く終わった。

 シャベルを叩きつけるように、土を固めれば、一気に全身に疲れが襲いかかってくる。

 しゃがみこんで、息を吐いた。


 カルミアの花畑の中、ここだけが土の色が違う。

 しかし時間が経つうちに、他と同じになっていくはずだ。

 肉が腐り、土の中の虫に食われ、骨となり、やがて朽ちる。

 齢二十ほどの女性だった鳳さんがこれから辿るのは、そんな悲しい末路だ。


 ここは法が適用されないらしいから良かったけど、普通だったら犯罪だ。

 二度と経験することの無いことを、願うばかりである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る