第8話




 りんなお嬢様の合図を皮切りに、遊馬さん、飛知和さん賀喜さん、鷹辻さん槻木君は席を立ち上がり、部屋から出て行った。


 報酬目当てと、鷹辻さんは正義感からだろう。

 迷宮入りすると言われて、何か思うところでもあったのか。

 つくづく、あの人はいい人だと思い知らされる。

 今まであまり係わってこなかった人種だから、存在自体がとても眩しい。

 一緒にい続けたら、そのうち浄化してしまいそうだ。体育会系こわい。


「あら、あなた達は調査をしに行かないのかしら?」


 それぞれが出て行くのを見送っていると、りんなお嬢様が、視線を向けてくる。

 その瞳の中には、何の感情も込められていなかった。


 問いかけられた緋郷はというと、未だに鳳さんに気を取られていた。

 さすがに無視をするのは悪いので、僕は緋郷の脇腹を肘で小突く。


「いたっ。サンタ、痛いんだけど、何?」


 結構な力を入れたので、痛みによって覚醒したようだ。

 ようやく鳳さんから視線を外して、僕の方を向いた。


「何、じゃないよ。ちゃんと今までの話聞いてた? 話の流れ分かっている?」


「ああ、なるほどね。うんうん」


 怒りたいのは、僕の方だ。

 僕は必死に我慢して、小声で耳打ちする。

 それとなく、視線をりんなお嬢様に行くように促したら、納得したような声を出した。


 絶対に、聞いていなかっただろう。

 僕は呆れ果てて、ため息を吐く。

 さて、どうフォローしたものか。


「あなた、今いる探偵の中で、唯一の殺人事件を専門にしているのでしょう? まっさきに、調査に行くと思ったのだけれど」


「あ、あのですね」


「調査にも行きますよ。でもその前に、やらなきゃいけないことがあるから。そっちを終わらせてからにします」


 なんだ、話が耳に入っていたのか。

 僕のフォローは上手くいかなかったけど、話が出来るのならば、そっちの方がいい。

 安心して、任せることにした。


「あら、そうなの。それで、やらなきゃいけないことは、なにかしら?」


 りんなお嬢様の興味を、多少引いたらしい。

 少し目の中に、感情がともった。


 殺人事件を専門とする探偵が、次に何を行動するつもりなのか。

 彼女の頭の中では、様々な予想が立てられているだろう。


「ええ、とても大事なことです。鳳さんを、きちんと埋葬してあげましょう」


「……はい?」


 しかしきっと、答えは予想外だったはずだ。





「……今から、埋葬をするの?」


「はい。だって、いつまでもそのままにしておくのは可哀想じゃないですか。きちんとした場所に埋めて、弔うべきでしょう」


「確かにそうね。どこかに安置するよりは、埋葬をした方がいいわ。どこがいいかというのは、決まっているのかしら?」


「そうですねえ……」


 緋郷とりんなお嬢様の二人で、どんどん会話が進んでいく。

 関係者である来栖さんが話に入っていないが、勝手に決めて行っても良いのだろうか。


 来栖さんの様子を窺うと、全く会話の内容は耳に入っていないようで、何か意見を出す気力もなさそうだ。

 それなら、この島の持ち主であるりんなお嬢様と、鳳さんのことをよく考えられる緋郷が決めた方が、良いのかもじれない。


「どこか良い場所あるの?」


「候補はあります。俺は先ほど初めて見たんですけど、姫華さんが発見された場所がありますよね。カルミアの花が、とても綺麗なところ。あそこは、どうでしょうか?」


「……あそこに……」


「駄目なら、別の場所を探しますけど」


 緋郷の提案は、りんなお嬢様にとっても、僕にとっても驚くべき場所だった。

 まさか、よりにもよって、お気に入りの場所に埋めようというのか。

 綺麗な場所にしたいという気持ちは、確かによく分かる。


 しかし、それならば別の場所でもいいのではないかと、僕のものでもないのに思ってしまった。

 あそこはお気に入りの場所だけど、埋めてしまったら、行くたびに鳳さんの存在を強く感じてしまう。


 死体が埋まって、綺麗に咲き誇る花なんて、どんな都市伝説なんだか。



 りんなお嬢様も、僕と同意見なのか、眉間にしわを寄せて黙り込んでしまう。

 さすがに彼女に許可を得られなければ、勝手に埋めることは出来ないだろうから、断ってくれとテレパシーを送った。


「……そうね。確かにあそこは、いい場所かもしれないわ。あそこがいいと言うのなら、どうぞ埋葬してあげてくださいな」


 しかし天は、緋郷に味方した。

 重苦しい沈黙の後、渋々といった様子で、許可を彼女は出す。

 そこまで嫌そうなら、駄目だと言えばいいのに。

 そう思ったけど、彼女は発言を取り消す気は無いみたいだ。


「ありがとうございます」


「ただ、ビニールを渡すから、それに包み込んで埋めてちょうだい。あと場所を決める時は、千秋を連れて行って彼女の指示した場所にすること。それだけ守ってくれるのなら、いいわ」


 りんなお嬢様の指名があった千秋さんは、一歩前に出てお辞儀をする。


「分かりました」


 話し合いも終わったようで、緋郷は早速というふうに、立ち上がり来栖さんの元に近づく。

 人の気配を感じたのか、彼は俯いていた顔を上げた。


「……何でしょうか?」


 ここ数時間で、一気に老け込んだような彼は、生気の抜けた顔で緋郷を見る。

 対応を少しでも間違えたら、爆発してしまいそうな気配に、僕は地雷を踏まないように固唾を呑んで見守った。


 空気を読むのが、壊滅的に下手な緋郷だ。

 何をしでかすか分からない。

 そんな心配をよそに、ひょうひょうとした様子で緋郷は来栖さんの前で片膝を着く。


「いつまでもそのままじゃ、姫華さんが可哀想でしょう。許可を得たので、一緒に埋葬しませんか?」


 彼にしては、中々正解に近い言葉を口に出来たのではないか。

 来栖さんも何も言わず、ゆっくりと頷いたのだから、正しかったのだろう。



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