第7話
ここに招待された探偵の人達で、殺人事件の犯人を見つける。
それも、警察の手を借りずに。
そんなりんなお嬢様の無茶ぶりが、すぐに受け入れられるわけが無かった。
「いや、探偵っていっても、俺の専門は浮気調査だぞ。殺人事件の犯人なんて、分かるわけないだろう。見つけるのなんて、無理だ無理」
遊馬さんは、きっぱりと言い切る。
「私も専門は、人探しですから。犯人を見つけるなんて、とても無理です。滞在はしますけど、部屋にこもらせてください」
飛知和さんも、帰ることは諦めたけど、それ以上のことをする気は無いみたいだ。
「俺も同感だ! そういうのは、やっぱり警察に頼んだ方がいい! 呼ぶのが絶対に無理なのだとしたら、四日間は部屋にいさせてもらう! 俺達も命の方が大事だからな!」
鷹辻さんは、隣にいる槻木君の手を握り、はっきりと主張する。
彼も、犯人探しをするほどの余裕が無いみたいだ。
まあ一般人なのだから、やる気を見せる方がおかしいのか。
さて、残るは緋郷と来栖さんだが。
来栖さんは、鳳さんの体を抱えて、下を向いている。
何も言わず、ただただ彼女の髪を何度も梳いていた。
そうして乱れていたツインテールを、綺麗に整える。
現在の場の状況は、きっと彼の耳には入っていない。
彼の世界には、今は鳳さんしかいないのだろう。
そして、肝心の緋郷はというと。
鳳さんの髪を梳いている来栖さんを、とても羨ましそうに見ていた。
ぎりぎりという歯ぎしりの音の原因は、絶対に緋郷から発生している。
この状況が耳に入っていないのは、緋郷も同じで。
たぶん今の彼には、鳳さんしか映っていなかった。
滞在することになったのは分かっているだろうから、どうやって彼女と一緒に過ごさせてもらうか、という考えしか頭にないはずだ。
残る二人も使えないとなると、犯人を捜すどころではないのではないか。
まさか、りんなお嬢様とメイドさん達でやろうとでもいうのか。
意外にすぐに見つけられそうだと思ってしまうのは、さすがに買いかぶりすぎなのかもしれない。
しかし、この場合どうするつもりなのか。
僕は、りんなお嬢様の次の言動に注目する。
こんなにもやる気のない人達を、いかにして動かすのか。
中々、一枚岩ではいかなそうではあるが。
「皆様の主張は、よく分かりましたわ。確かに、殺人鬼と一緒の空間というのは恐怖を覚えるでしょうね。探偵でも畑違いの仕事は、出来ないというのも、その通りでしょう」
りんなお嬢様は、隣に立つ千秋さんと冬香さんに目配せをした。
アイコンタクトをそれぞれが交わすと、二人は頭を下げて後ろへと下がっていった。
そして少しの時間の後、恭しく手に荷物を持って戻ってくる。
「しかし、畑違いだとしても、皆様は優秀な探偵でしょう? 今まで培ってきたスキルを駆使して、調査をしてほしいのです。このままでは、事件は迷宮入りします。それに、まさかタダでとしろとは言っておりませんわ」
千秋さんと冬香さんは、全く同じタイミングで、手に持っていた荷物を置いた。
「これは、調査をするとおっしゃった方に、手付金としてお渡しします。公平をきするために、一組百万円。調査に必要なものは、誰かに伝えれば、すぐに用意させてもらいます。それに、何でも好きに行動して構いませんわ」
テーブルの上に、置かれた札束。
それを視界に入れた、遊馬さんと飛知和さんの喉が自然と鳴る。
「そして、もしも犯人を見つけることが出来ましたら、昨夜イベントの報酬として伝えていた、何でも要望を叶える権利もお渡しします。そして、この滞在期間が終わった後も、継続的な仕事を保障いたしましょう」
りんなお嬢様は、首を傾げた。
その動きに比例して、髪がサラリと横に流れる。
「どうでしょう。悪い話では無いと思いますが?」
誰も何も言わない。
それが答えだった。
「皆様がやる気を持ってもらえたようで、とても喜ばしいですわ。それでは早速調査を始めて欲しいのですけど、その前にいくつかの注意事項を」
満足気に笑った彼女が片手を振ると、メイドさん達が手分けをして、それぞれの前に百万円と腕時計が置かれた。
シンプルなデザインの、革のベルトの時計。
色々な角度から見ても、普通の時計だ。
しかし、この状況で普通の時計をプレゼントするわけがない。
「その時計は、中にGPSが埋め込まれています。どこにいるのか確認するです。注意事項というのは、ただ一つ。これから言う場所は、私に許可を得ない限りは立ち入らないで欲しいということですわ」
GPSか。
別にどこにいるのがバレても、不便ではないが。
立ち入ってはいけない場所というのは、どこなのだろうか。
「私と春海、千秋、冬香の私室。後は書斎。そして、屋敷から出てまっすぐ北に向かうとある、灯台の中。それぞれ私室と書斎はプライベートなところであるから、灯台は現在補修中で危険があるからという理由からですの」
犯人ではないと言いきったから、私室は除くというわけか。
わざわざ、そこを調べたいという人はいないだろうから、注意しなくても同じだったかもしれない。
それにしても、北に向かったところには灯台があったのか。
散歩をしている最中、規制線のロープが引っ張られていたから迂回していたのだが、まさかそういった理由があったからだとは。
耳に入れてしまうと、途端に興味が湧いてきてしまう。
後で許可を得て、見に行こうか。
「注意事項はそれだけですわ。後は調査をした結果は、夕食の後にそれぞれ発表をしてください。情報の共有は大事なことですし、もしも容疑者が出た場合は、責任をもって隔離いたしますから」
「隔離って……」
「別に裁く訳では無いですから、心配なさらないで。ただ容疑者と同じ空間にいたくはないでしょうから、疑いが晴れるまでは外からしか鍵が開かない部屋に入ってもらうだけですわ。きちんと衣食住は用意いたしますし」
しかし、容疑が晴れなかったら、隔離された後どうするつもりか。
皆の中に疑問が浮かんだだろうけど、答えが恐ろしいから、誰も何も聞かなかった。
「何か聞きたいことがありましたら、遠慮なくおっしゃってください。こちらも伝え忘れたことが見つかれば、すぐに連絡しましょう」
説明を終えたりんなお嬢様は、春海さんが用意をした、カップを手に取り乾杯というふうなジェスチャーをする。
「それでは、皆様の健闘をお祈りいたしますわ」
それが、始まりの合図となった。
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