第6話
「いや、おかしいだろう!殺人事件が起きたんだから、警察を呼ぶのは当たり前のことだ!何言ってんだよ!」
冷静さが欠けているが、遊馬さんの言っていることは正しい。
事件が起きたら、まず警察に通報する。
それは当たり前の、誰でも知っている常識だ。
しかし警察を呼ぶ気はないと、りんなお嬢様はそう言いきった。
それは殺人犯を野放しにすると、言っているようなものだ。
一体、何を考えているのだろう。
「これは決定事項です。あなたたちが何を言おうと、何をしようと変える気はございません。この島は警察などを介入させない、私が治めている場所ですわ。私が招待した以外の他人を、絶対に入れない。そう決まっておりますの」
「え……でも……えっと。それじゃあ、これからどうするんですか? 犯人をそのままにするっていうこと?」
さすがに口を挟まざるを得なかったのか、飛知和さんが尋ねる。
彼女は死体を発見してから、クールで出来る女の仮面を投げ捨てて、今にも叫びちらしそうなヒステリックさを前面に押し出していた。
「……私は犯人じゃありません。出流だってそうです。だから、帰らせて頂きたいです。殺人犯がいるかもしれない場所に、滞在したくありませんし。あと四日もここにいるなんて、とても耐えきれないの」
確かに殺人事件が起きたのだから、楽しく滞在なんて出来るメンタルを持ち合わせてはいないか。
それは他の人達も同じみたいで、口々に帰宅したい旨を告げる。
これが殺人事件を目の当たりにした人達の、当たり前の反応だ。
さて僕達は、どうするのか。
帰る帰らないを決めるのは緋郷次第なのだが、もしも残ると言ったら別に残っても構わない。
僕としては、殺人犯と一緒に滞在するのは、さして騒ぐような出来事ではないのである。
しかし鳳さんの死体は、来栖さんが持って帰るだろう。
そうなると緋郷にとって、ここに残る理由は無くなる。
それなら、帰りの用意をすることになるのかな。
もう少しメイドさん達の好感度を上げておきたかったから、残念で仕方ない。
ここで帰ったら、二度と招待されることは無いと聞いた。
そうなると、今生の別れということになる。来世に期待するしかない。
しばらく忘れないように、よく見ておこう。
僕は、名残惜しく彼女達の姿を目に焼き付けようとした。
「それは無理ですわ。あなた達の滞在期間は、今日を合わせてあと四日ですから」
「何言っているんですか。こんな状況ですよ……?」
「皆様こそ、何をおっしゃっているのかしら? 初めに契約書を交したのを、もうお忘れでしょうか」
「……それはっ、でも……」
そういえば、緋郷もそうだけど僕も数枚の契約書にサインをさせられたな。
緋郷がサインをしている時点で、中身をきちんと読むことも無く名前を書いたけど。
「『いかなる事態が起こった場合でも、滞在期間は七日とする』そう書かれていましたわよね。ここにいる皆様には、全員サインを頂きましたから、帰ってもいい方は一人もいませんわ」
確か破った場合は、違約金が発生するのだったか。
それが無かったとしても、万里小路家に楯突くような猛者がいるはずもなく。
「わ、分かりました」
飛知和さんは唇をかみしめて、引くしかなかった。
「他の皆様の中で、それでも帰りたいという方は、いらっしゃるかしら?」
誰も手を挙げない。
契約書が思わぬ形で、滞在を強制させる結果になったわけだ。
「きちんと、冷静に考えていらっしゃるようで良かったですわ」
「……でもお、殺人事件はどうするつもりですかあ?」
今まで眠そうだった、ほとんど寝かけていた今湊さんが、急に話に入ってきた。
それでも眠そうに、うつらうつらと頭を前後に動かしている。
「そ、そうだ! 警察も呼ばない、島からも出られない、でも殺人犯と一緒に過ごすなんて、全く安全じゃない!」
鷹辻さんは、隣に座る槻木君を心配そうに見て、それに同調した。
飛知和さんや遊馬さんも、外野からやいのやいのと声を上げる。
「やっぱり警察ぐらいは、呼ぶべきじゃ」
「お黙りなさい」
場がにわかに落ち着かなくなり、それぞれが好き勝手に騒いでいた中、その声はとてもよく響いた。
りんなお嬢様は、冷たい眼差しをしている。それだけで、静寂が辺りを包み込んだ。
「皆様は、お馬鹿なのかしら? 優秀な方を、招待したつもりでしたけど」
明らかに馬鹿にしていて、嘲笑がいっぱいに含まれた言葉。
「皆様、自身の職業はお忘れになって? 私の思い違いでなかったら、確か探偵だったはずでしたけど」
彼女が何を言いたいのか。
僕は何となく、察してしまった。
「この殺人事件を、鮮やかに解決するのが、探偵の本分でしょう? ……私、何か間違ったことを言っているかしら?」
りんなお嬢様は、警察を呼ぶことなく、探偵に事件の謎を解かせようとしているというわけだ。
彼女の挑発的な笑みを前にして、僕は本当に犯人では無いと判断したのが当たっているのか、不安になってきた。
彼女なら娯楽のために、人の一人や二人簡単に殺してしまいそうだ。
今の彼女の雰囲気からは、それがありありと漂っていた。
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