#61 Scythe
意識を取り戻した時、愛歌の手にはアクセサリーが握られていた。
歪な棒に白い刃が生えた大鎌。セーラに意識を奪われていた愛歌には見覚えがない。しかしこれがアクセサリーというものかと何の説明もなく察し、漸く力を手に入れたと言わんばかりにアクセサリーを握りしめた。
「目、覚めた?」
「……最高の目覚め」
目覚め、とは言え、 眠っていた訳では無い。あくまでも主人格がセーラから愛歌に入れ替わっただけのことである。因みに場所は移動しておらず、愛歌は立ったまま意識を取り戻した。
セーラが「愛歌と話をする」と言ってから愛歌の意識が戻るまでに費やした時間は約5秒。精神世界と現実世界との時間の流れは異なっているようだ。
「その様子だと、どうにかセーラを受け入れられたみたいだね」
「んー……寧ろ、セーラが私を受け入れてくれた感じかな。おかげで私は戦う力を手に入れられた……これで、文乃達と一緒に戦える」
「……妹思いのいいお姉ちゃんだね。文乃ちゃんに嫉妬しちゃう」
「したっていいよ。その分私が焔を慰めてあげる」
愛歌の言葉に期待したのか、焔は頬を僅かに赤く染める。加えて、セーラが愛歌に取り憑いたのは「行為」直前。高まった性欲は未だ治まっていない。
「じゃあ今すぐ慰めてくれる? 正直、ずっと悶々としたままだから」
「勿論。セーラに邪魔されたせいで若干焦れてるから、今の私はいつもより激しめかもよ♡」
「期待……しちゃう」
その後、各々の中に宿るセーラとサーティアすらも悶々とする程交合った愛歌と焔だったが、割愛。
◇◇◇
「「ええええ!?」」
邸内に響き渡るほどの文乃とエリザの声に、偶然近くを通りかかった家政婦皆川は不覚にも驚いてしまった。しかしそれ以上に驚いていたのは、文乃とエリザ。何せ愛歌が帰宅早々に突然「プレイヤーになった」と大声で報告したのだ。驚かないはずがない。
「まさか姉さんまで……けど、なんか変だね。緤那さんとか私の周辺人物ばかりがプレイヤーになってる気がする……」
「けど唯は私達と知り合う前からプレイヤーだったって聞いたけど……確かにそう言われてみれば……」
前々から感じていた違和感。誰かがプレイヤーになるとすると、なぜか緤那や文乃の親しい人物、或いは近辺の人物ばかり。単なる偶然の可能性もあるが、文乃にはどうも偶然には思えなかった。まるで、誰かが「そうなる」ように意図して周辺人物をプレイヤーにしているような。しかしそれが誰の仕業かも分からなければ、意図も分からない。
「……それで、愛歌に取り憑いたのってどんなプロキシー?」
「よくぞ聞いてくれたねエリちゃん……ご紹介しよう! 私の相棒!!」
愛歌の合図と同時に、身体からセーラが分離した。その直後、文乃の中に宿るセト、エリザの中に宿るアイリスが、驚いたと言わんばかりの表情で身体から分離した。
「セーラ!」
「セト! 久しぶり! アイリスも久しぶり!」
再会を喜ぶ3人。特にセーラと仲が良かったセトは涙が出る程喜んでおり、釣られてセーラの目からも涙が溢れていた。
「「「!!」」」
「えええこのタイミングで!?」
再会を喜ぶ3人を阻害するように、比較的近隣でプロキシーが出現した。さすがに涙も止まり、和気藹々とした雰囲気は一瞬で消え去った。
「丁度いい……行くよセーラ! あなたの力、私に見せて!」
「……見るんじゃなくて、使うんでしょ」
愛歌は意気揚々と部屋を飛び出し、セーラもそれに続く。
「あ! 置いてかないで!」
さらに文乃とエリザも愛歌に続き、結局3人でプロキシーの出現場所にまで向かった。
◇◇◇
住宅街。既にプロキシーにより殺戮が終了しており、直接死体を見ずとも血の匂いで人が死んだと分かる。
日は既に落ち、街は夜の闇に包まれる。人通りは少なく、プレイヤーが戦うには絶好のタイミングである。
愛歌達は少し道に迷ったがなんとか出現場所に到着し、プロキシー"ラッチェス"と遭遇。戦闘態勢をとる文乃とエリザだったが、愛歌が2人を制止しラッチェスと対面した。
「セーラ、戦うのは嫌いらしいけど、あいつ殺してもいいかな?」
「……確かに戦うのは好きじゃない。けど人間を平気で殺してしまう奴を放っておく方がもっと嫌……あいつは私達の手で殺す」
「てな訳だから、文乃とエリちゃんは下がってて。仮に、もし仮に私が死んだら、その時は敵討ち……よろしくね」
愛歌はこれまでの戦いを思い出し、見様見真似でアクセサリーを武器へと変化させた。そして、ずっと言いたかった言葉を言えることに喜びを感じ、鎌を強く握ったまま大きく息を吸い込んだ。
「変身!」
瞬間、愛歌の全身に錆びたネジを捩じ込まれたような激しい痛みが走った。皮膚も内臓も痛い。内臓の位置や形すらも分かるほど痛い。
無論、親和性の高い緤那達はこんな痛みを味わうことは無い。しかし愛歌は緤那達とは違い、身体がプロキシーとの融合を拒んでいるのだ。
(痛い……けどヒーローに痛みは付き物! こんな痛み耐えてみせる!)
白い光が愛歌の身体を包み込み、光の中で愛歌とセーラの身体が融合する。融合、もとい変身時、一体どのような感覚を味わうかは緤那達から既に教えられている。皆口を揃えて「自分の中に違う何かが入ってくる」感覚と言っているが、愛歌にはよく分からなかった。
そして今、愛歌は融合時の感覚を味わっている。しかしそれは緤那達から聞いていたものよりもずっと辛く、血涙が出る程耐え難い痛みだった。
錆びたネジを入れられたような痛みの果て、ネジで空けられた穴に沸騰直後の熱湯を注がれたような感覚を味わう。皮膚も、筋肉も、血管も、骨も、肺も、胃も、腸も、食道も、喉も、耳も、鼻も、目も、全てが熱く痛い。最早気を失うどころかショック死する程の苦痛。
それでも愛歌は耐えた。ヒーローになるため。戦うため。誰かを守るため。文乃に頼られる姉になるため。
そして遂に、愛歌は意識を残したまま痛みを乗り越えた。
「……セーラ……いや、似てるけど違うか」
視界の端で白く輝く光に気付いたラッチェスは、光の中から現れた白髪の愛歌を見てセーラだと勘違いした。
純白の髪。真紅の瞳。白地に黒の装飾がなされたウエディングドレス。そして持ち手が歪な白い大鎌。今の愛歌はセーラの特徴を全て持っており、顔さえ見なければセーラそのもの。ラッチェスが見間違うのも仕方がない。
「あれがセーラと融合した姉さん……」
「綺麗……」
辺りは既に暗い。しかしその暗さの中でも分かるほど、セーラとの融合を果たした愛歌の姿は美しかった。
(これが変身の感覚……あんまり気持ちのいいものじゃないけど、今の私が凄く強いってことだけは分かる)
ラッチェスは警戒しなかった。なぜなら、今目の前にいるのはセーラによく似た人間。相手がセーラであればラッチェスに勝ち目は無いが、人間であれば話は別だと考えている。
ラッチェスは手に持っていた人の頭部を投げ捨て、能力の発動すらせず無謀にも愛歌に向かい走った。
対する愛歌は隙だらけのラッチェスの腕を狙い、鎌を強く振った。振られた鎌のスピードはラッチェスの反射速度を超えており、呆気なくラッチェスの腕は切断された。
しかしそれだけでなく、ラッチェスの身体には切断以外の見えないダメージが現れた。
「ぁ……?」
セーラの能力は"断罪"。触れたプロキシーの能力を無効化する、という力。アイリス同様に対プロキシーに特化した能力であり、さながらプロキシー同士の戦いが起こることを知っていたかのように生まれ持っていた。
緤那のクリムゾンフィストが「能力の破壊」であることに対し、セーラの断罪は無効化。クリムゾンフィストにより破壊された力は、時間さえあれば再生が可能。しかしセーラにより無効化された力は再生ができず、相手は完全に戦う力を失う。
類義語としては、「当たると死ぬ」といったところだろうか。
「あなたの力はセーラが斬った。今度はあなたの罪を……私が斬る」
腕と同時に能力を失ったラッチェスは呆然とし、鎌にライティクルを集約させ歩み寄ってくる愛歌に反応できなかった。
「パニッシュメントデスサイズ!!」
愛歌の鎌は、ラッチェスの首を切断する。しかしラッチェスの首は繋がり、傷は癒えた。直後愛歌は、ラッチェスの胴体を切断。再び斬られたはずの胴体は繋がり、傷は癒えた。さらに愛歌はラッチェスの四肢を切り落とし、再び四肢は繋がる。
その後も愛歌がラッチェスを斬れば切断面が繋がり、傷が癒えれば再び斬られる、というのが延々と続いた。傷は癒えても痛み自体は感じているラッチェスは、何度も繰り返される身体の切断に精神が崩壊。目の焦点が合わなくなった。
「あなたの罪、この50回目の斬撃で償うものとする」
計50回。これまで49回も身体を斬られた。49回も致命傷の痛みを味わった。あと1度の斬撃でようやく終わる。ようやく、この苦しみから死亡という形で抜け出せる。
そう考えながらラッチェスは50回目の斬撃を受け、右半身と左半身が鎌に分断される痛みを味わ……否、痛みを感じる間もなく死んだ。
愛歌のスキル、パニッシュメントデスサイズは、相手の罪に応じて相手を殺すというもの。仮に相手の罪が5だとすれば、4回致命傷を与え4回回復させ、5回目の斬撃で終わらせる。最後の1回を食らうまでは対象プロキシーが死ぬことはなく、最後の1回を食らうまで死に等しい痛みを苦しみを味わうこととなる。
罪が大きければ大きい程、プロキシーは愛歌に殺される。そして最後の1回を食らう頃にはプロキシーの精神は壊れ、死を望むようになる。
ラッチェスは5人殺した。1人殺す毎に罪が10加算される。故にラッチェスの罪は50。即ち、50回分の死刑をラッチェスは味わった。
後方からセーラ、愛歌の力を見ていた文乃とエリザは、ラッチェスを何度も何度も殺す様を見て恐怖すら抱いた。鎌でラッチェスを斬り続ける愛歌の姿は、ヒーローと言うよりも寧ろ死神。スキルの名に相応しい姿であった。
あっけなく、面白みもなく終わったラッチェスとの戦い。その戦いを見て、エリザとエリザの中に宿るアイリスはこう考えた。
あまりにも簡単すぎる、と。
神により生み出されたプロキシーは、元々は神の代役として作られた存在。その力の差は殆ど無かったはずだが、実際戦えばその力の差は歴然としている。
愛歌だけではない。緤那も、文乃も、光も、唯も、焔も、吹雪も、生死を賭けた戦いの筈が殆ど苦戦することなく生き延びてきた。なぜか。なぜ生きてこれたのか。
もしかすると、誰かがこうなるように戦いを仕組んでいるのかもしれない。しかし動機も分からなければどう仕組んでいるのかも分からない。
いや、これ以上は触れてはいけないのかもしれない。エリザはそう自分に言い聞かせ、「初陣お疲れ様」と何気ない笑顔を愛歌に向けた。
◇◇◇
「遂にセーラまで人間と融合しちゃったか……」
マンションの屋上から夜景を眺める1人の少女。夜風で白銀の髪が靡き、少女は髪を手で押える。
「セーラ……前に言ってた奴ね。それはいいけど、いつになったら始めるの? これ以上プレイヤーが増えると厄介じゃない?」
金髪の少女、
「まだ私の力は完全じゃない……せめてアイリスを殺せるくらいまで成長しないと、私の計画は成立しない。カナンの悪いところは急ぎすぎるところだよ」
「別に急いでなんて……ただ、早くこの腐りきった汚物未満の世界を終わらせたいだけ」
「汚物未満か……この世界を作ったフォルトゥーナ達に対する最高峰の侮辱ね」
白銀の少女は夜空に手を伸ばし、まるで空でも掴むかのようにゆっくりと手を握る。
「まあ、確かに腐ってはいるか……この世界も、この世界とは別の時間を歩む平行世界も、この空の向こう側にある世界も」
「……腐ってない世界があるとすれば、人間が生まれる前の世界だけ。けどそんな世界もう存在しない」
「分かんないよ。平行世界巡ったら、そのうち人間が生まれる前の世界が見つかるかもしれない。もし見つかれば、カナンと私の2人で新しい世界でも作ってみる?」
「……それもいいかもね。何億年生きても飽きない、私達だけの世界……」
カナンは白銀の少女に歩み寄り、その手を握る。
「信じてるよ、アラン。私の夢を叶えてくれるって」
「信じて。カナンの夢は私の夢でもある。必ず実現させるから」
プロキシー"アラン"。この世で1番最初に生まれたプロキシー。
アランはカナンを拠り所とし、既に身体を取り戻していた。しかし戦いには参加せず、カナンと交わした約束を叶えるべく傍観している。
アランが目覚めていたことには、緤那達プレイヤーは勿論、他のプロキシーすらも気付いていない。
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