第29話 攻略対象に膝枕されています
色々終わった後に目を覚ましたら、先に起きていたトールに運ばれたらしく、帰りの馬車の中で揺られていた。
身を起こそうとすると、体が痛む。
「お嬢、気が付いた?」
アリオの声が上から降って来たので、視線を上げるとそこに彼の顔があった。
周囲を窺って分かったのは、私がアリオに膝枕されているという事だ。
普段は屋敷に来るまでの駄賃がないとかで、控室以外で彼と会う事が少ない。長く顔を合わせられる時は、公園で話すくらいなのだが、今回は特別らしい。
アリオは、馬車に同乗して家までついてきてくれているらしかった。
私は、心配そうにこちらをのぞき込む幼なじみに問いかけた。
「えっと、楽団の人達は良いの?」
「うん、必要な事はもう済ませてきたし。そうでなくてもお嬢の方が大事だよ」
それなら、と安心して今度は同じ馬車に乗っているもう一人の男性。使用人の事について話題を向ける。
「トールは? あれからどうなったの? 大丈夫よね?」
彼は「大事ありませんよー、お嬢様」と、微笑んだ後申し訳なさそうな顔になる。
「すみません、貧血で倒れてしまって。アリオが来て、起こしてもらわなかったら、どうなっていた事か。面目ないです」
トールが気絶した成り行きは見ていなかったはずなので、アリオはそんな彼の勘違いに納得した様だった。
私がやったと思わない辺りに、アリオの人の好さがにじみ出ている。
私としても真実を話す気はないので、その通りだと話を合わせておくしかない。
ただし、アリオは私に暴力を振るった事だけは話したようだった。
私が何かに操られていた様だという事も。
嘘や隠し事が苦手で、アリオはそもそもそういった事ができる性格ではない。
だから、正直に話す事は予想していた事だった。
そんな話をアリオ自身の口から聞いた後、私はトールの方を見る。
アリオを煙たがっている普段の彼を見ているならば、私がこんな体勢になるはずはないのだが、どういう事なのだろうか。
私の視線の意味を正しく受け止めたらしいトールは不満そうな顔で、理由を述べてくる。
「ケジメで三十回ほど、アリオにはお嬢様と同じ場所を殴らせてもらいましたから」
なるほど。
「あはは、あれはきつかったなぁ」
遠い目をしながらアリオはそっと自らのお腹をなでる。
トールは力がある方ではなかったが、護身の心得はあった。
本気で三十回も腹をやられら、かなり効いただろう。
「でも、俺にお嬢を膝枕させてくれたのはありがとう」
「ふん、お嬢様へ変な贖罪の仕方をされてはかなわないからな。どうせ、責任をとるみたいな事を言い出すつもりだったんだろう。私の目の届くところで行う簡単な謝罪方歩で満足しろという事だ」
「俺はお嬢を膝枕できてけっこう嬉しいよ? トールって、たまによく分からない事言うよね。ねーお嬢」
「きっと、素直じゃないのよ」
背景でトールが何か言ってるが、二人して聞き流している。
視線があったアリオと、笑いあった。
そんな風に何気ない会話ができるのが少し嬉しい。
「もー、さっきからトール同じ事ばっかいってる。耳にタコができそうだよ」
「誰のせいだと思っている。アリオ、お前は……」
アリオとトール。日ごろ言い合っている二人ではあるが、心の底ではそんなに嫌いあっていないのかもしれない。
ゲームの中では、ヒロインは殴られたりしなくて、もうちょっと違うシーンだったから分からなかったが、幼い頃からの付き合いだ。トールもそれなりにアリオの事を信頼しているのだろう。
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